「ふぅ……」
　吐き出した息が白く染まる。
　コートを通してなお、冷たい冷気に身が竦んだ。
　年の瀬が迫る。
　駅から続くアーケード街には色とりどりのイルミネーションが飾られ、赤と白と緑に染め上げられている。
　赤い帽子をかぶった、白いひげの老人が街角のいたる所に飾られている。
　ある店ではイラストとして、また、ある所では大きな人形として。更に別の店では、店員がサンタクロースの格好をしてケーキを販売していた。
「…………」
　それをみて、夕月小夜璃は足を止めた。
　目の前で売られているのは７号のイチゴのケーキ。
　こんな大きな物を頼むには、月光館にどれだけ人口が居ればいいのだろうか。
　自分と、雇い主である少女。
　たった二人しか住人の居ない洋館は、この季節には広さを増した錯覚さえ覚える。
　応接用にソファが置かれても、利用する者は殆ど居ない。
　静謐。
　車道を離れる事少し。だが森に囲まれた洋館は外界の騒音から隔離され、神凪の森に立ち入る者もいない。
　ごく僅かな例外が天都原学園へ通う生徒たちであったが、それも迷い込んだり木立を探険する少数を除き、あの洋館まで近づく事もない。
　それを寂しいとは思う。
　しかし、哀しいとは思わなかった。
「……？」
　つい、と店員の視線が向けられる。
「あ」
　すっかり凝視してしまっていたようだ。
　何でもないと首を振って、その場を後にした。

　――空から、ぽつりと雫が落ちた。
　１２月の寒い時期でも、関東地方は雪より先に雨になる。
　降りが酷くなる前に戻らねばならない。月光館に続く山道は大雨が降ると足を取られてしまうから。
　――ニャ――オ。
　足を向けたその背に、かすかに一つ鳴き声が届いた。


「それで連れ帰って来たのか」
「はい……」
　手の中にはタオルで包まれた猫がいる。
　子猫という域を脱し、後数ヶ月もしないうちに成猫になるだろうに、やせ細り弱った姿は遥かに小さく見えた。
「……ふーむ」
「やはり……いけませんでしょうか」
　神凪莉都はかすかに渋面になっている。
　滅多に動じる事のない彼女にしては、珍しい仕草だった。
「別にいけないとは言っていない。……が、しかし……」
　そこで何かを言いよどむ。
「莉都様？」
「いや、なんでもない。とりあえず明日病院に連れていけ。後の世話は……」
　甘えるように小夜璃に摺り寄る猫を見て、言葉を止めた。
「これは言うまでもないか」
「はい。ありがとうございます」


　それからクリスマスに訪れた小さな住人は、しばしの間、玄関ホールを棲家として留まっていた。
　やがて冬が去り、暖かくなって――。
　それが自然であるかのように、月光館から姿を消していた。


　１



「……で、これがその猫か」
　だらしなく寝そべった三毛猫の喉を撫でてやると、ごろごろと気持ち良さそうに鳴く。
　ぐでんとデカい図体を気だるげに返し、ごろごろと床の上を転がった。
「話で聞くと可愛いのに……いや、今も可愛いんだけどね。でもなんていうか……」
「なんだか、ぬいぐるみみたいですね」
「だよねー。抱っこっていうより、抱えるって感じ」
　和奏さんと白雪も猫を囲む。
　ふらりと月光館にやって来たデブ猫は、まるで我が家から締め出されたのだと言わんばかりに、カリカリと扉を引っかいていた。
「しかもどっかの飼い猫だろ。首輪ついてるし」
「ですが、以前ここに住んでいたんですよね。なんだかすごく堂々としていますし」
「そーだよねー。こら、おまえー。そんなに甘えて。これまでどこ行ってたんだー？」
　和奏さんに撫でられて、ごろごろふにゃーと甘えた鳴き声をあげる。
「物怖じしないやつだな」
「そいつは小夜璃がつれてきた時もそうだった。……確かに妙に人慣れしてたな。寒さで衰弱していただけで、その頃から人に飼われてたもしれない」
　ソファに座ったまま、莉都が事も無げに言う。
　この猫は久しぶりに月光館に帰ってきたはずだが、再会を取り立てて喜んでいるようにも見えない。
　それでいて、どうでもいい等と思っているわけでもないのが、莉都の不器用な所だ。
「しかし参ったな。飼い猫か」
　そこでようやく、莉都がこちらを見る。
「飼い主が分かるといいんだけどね」
「外に出しておけば勝手に帰るんじゃねーか？」
「そうかもしれませんが……」
　白雪が困惑している。
　当の本人は、ここが我が家だと言わんばかりに毛の長い床の絨毯を転がり、くつろいでいる。
「……外に出すのは、なんか可哀想だよね」
「はい……」
　人懐っこさとでっぷりとした愛嬌に、女性陣は早くも陥落気味だ。
「……まあ、そのうち帰るだろうし、小夜璃さんにも知らせておくか」
「そうだな。居なくなった当初は落胆していた。それに……」
　そこで莉都が少し言いよどむ。
　どうした？　と問うと首を振った。
「後で教える。ただ明日の日付を思い出しただけだ」
「ああ……」
　壁にかけられたカレンダー。
　そこにはぐるぐると赤い目印がつけられている。
　１２月２５日。クリスマス。
　この日、月光館でパーティーが行われる予定だった。


　初夏を前に終わった事件の後は、俺たちは穏やかな日々を過ごしていた。
　それは緩やかに過ぎていく、変わらない日常。
　その合間に差し挟まれるように、幾つか不思議な事件は起こったが、今もこうして過ごせている。
　莉都と和奏さんと白雪と。
　そして小夜璃さんに先輩。先生たち。陽太に上杉にクラウス。
　皆で過ごした毎日を締めくくる、一年の終わり。
　きっとそれは、どこの家でもごく当たり前に開かれるモノなのだろう。
　家族で、あるいは友達どうしで集まって。
　ただ俺にはそんな、当たり前のイベントとは無縁に過ごしていた。
　俺が入るとロクな事にならない。
　それがここに来るまでの常識であり、ごく自然な認識だった。
　だから柄にもなく浮き足立ってると思う。
　そして、同時にそれでいいんだと思えるのが嬉しかった。


「そんな事を気にされていたんですか？」
　隣を歩く小夜璃さんが何気ない調子で言う。
「そりゃ気にしますよ。……今までずっとそうだったんですから」
　だからクリスマスパーティーなんて言われても、何をどうすればいいのか皆目検討もつかない。
　そんなの適当でいいんだよと和奏さんはあっけらかんと言っていたが、気軽に言われても困惑する。
　それで俺と小夜璃さんで買い物に出ている。
　役割は荷物持ち。
　とはいえ、ほとんど小夜璃さん任せではどこまで役立てるのかもわからない。
「……莉都も一人でどっか行っちゃいましたし」
　本来なら隣に居るのはアイツだったはずだ。
　しかし、莉都は昼から予定変更だと告げて、一人で出かけて行ってしまった。
「ふふ」
　小夜璃さんが意味ありげに笑う。
「……なんですか？」
「莉都様も、楽しみにされているという事ですよ」
「はぁ」
　曖昧な返事を見て、更に楽しげになる小夜璃さん。
「あら」
　そして、その足がピタリと止まった。
　小夜璃さんの先。
　何か大きな紙袋を抱えた莉都が歩いていた。


　まっすぐアーケード街を抜けると駅前に出る。
　莉都の足はよどみなく、迷う様子もなく進んでいく。
「どちらに行かれるのでしょうね」
　その後を少し離れてついていく俺たち二人。
「……普通に話しかければいいじゃないですか」
「何を言っているのですか。このようなチャンス、滅多にありません」
「はぁ……」
　小夜璃さんはとても楽しそうだ。
「それより進矢さん。分かっていますね」
「……正直もう少し離れた方がいいと思いますよ。あいつの勘の良さは普通じゃないですから」
「そうですね……」
　そんな事を話してる間も、莉都は気付いた様子もなく目の前のデパートに向かって歩いていく。
「行きます？」
　もちろん、と返しかけた足がとまる。
　入ったと思ったら莉都がすぐ出てきて、他の店目指して歩いていく。
　どうも理由があって入ったわけではないらしい。
　何か目的が合って入ったのなら、今もデパートの前をうろうろとしているはずもない。
　莉都は相変わらず両手で紙袋を抱えたまま、ショーケースを凝視している。
　そこに何が入ってるのか俺たちの場所から見ることは出来なかったが、珍しく悩んでいるようにも見えた。
　遠目にも何か考え込む。
　かと思うと、立ち去ろうとする。
　更には踏みとどまり、中に入ろうと迷っている。
　……本気で訳がわからない。
「ふふ」
　――と、小夜璃さんが唐突に笑った。
「莉都様ってとても可愛いと思いませんか」
「……思わない事もないですが、急に言い出すそのこころは？」
「ご本人に聞いてらしてください」
　とん、と背を押された。
　前につんのめるようにしてニ、三歩踏み出し、小夜璃さんを振り返る。
「買い物に行ってまいります。莉都様をよろしくお願いしますね」



「……なんなんだ。一体」
　小夜璃さんは言うだけ言って、さっさと行ってしまった。
　仕方ないので、挙動不審な行動を続けている莉都のところに向かう。
「…………」
　相変わらず、熱心にガラスケースの中を覗いている。
　コイツが本気で望むなら、買い占める事もできるだろうに、何をそんなに見ているのか。
「何やってんだ？　さっきから」
「――――何もしていない。ただ見ていただけだ」
　ふん、と不機嫌そうにそっぽを向く。
「どれ」
　ガラスケースの中を覗く。
　そこには、クリスマスを飾るディスプレイが所狭しと並んでいた。
「あまり面白いものではないだろう」
「……まあ、確かに。ちょっと拍子抜けした」
「だろうな」
　莉都が熱心に見ているくらいだから、さぞかし珍しいものでもあるんじゃないかと思っていたんだが……。
「…………」
　ケースの中では手の平サイズのサンタクロースの人形が並んでいる。それらは機械仕掛けの玩具で、手にした楽器を打ち鳴らしている。
　クリスマスツリーには綿の雪が積まれ、色とりどりの明かりで綺麗に染め上げられている。
　ジングルベルを奏でる、明るくもどこか寂しい音色が聞こえる。
　中央にそびえるテーブルには巨大なケーキが置かれ、メリークリスマスの文字が入っていた。
　本当に何の変哲もないクリスマスを演出する光景。
　デパートで販売されている歳末の目玉商品を売るためだけに用意された、この時期特有のどこにでもあるコーナーだ。
　しかし――。
　たったそれだけの事なのに、何故かそこから目が離せなくなっていた。
　目の前にある楽しげな光景。
　だけどそれは縁の無いものではなく、これから自分に訪れる物でもあるのだから。
「…………進矢？」
　莉都の訝しげな声に、我にかえった。
　こんなんじゃ、先ほどの莉都をまったく笑えない。
「……これ、けっこう見ちまうな」
「そうだな」
　ぽつりと返し、俺の隣に並ぶ。
　そのまま少しの間、二人で同じ物を見ていた。


　僅かに日が傾いて、そこから離れた。
　アーケード街を歩きながら、莉都の手にした袋について聞いてみる。
「そういや、それ何入ってるんだ？」
「後になれば分かる。別に教えても構わないが……」
「ああ、なるほど」
　明日行われるのはクリスマスパーティーだ。
　そこでは定番行事らしい、プレゼント交換とビンゴ大会が開かれる。当然発案は和奏さんで、各自それぞれが明日までに何かしらの物品を用意しておくようにと言っていた。
「お前はもう決めたのか？」
「……実はまだなんだ。小夜璃さんの買い物を手伝うついでに何か見繕って行こうと思ってたんだけど」
　その本人に置いていかれてしまったのだから笑えない。
　そして、用事があるといって俺をおいていった当人が、何故こうして隣を歩いている。
「そもそも、莉都こそ用があったから出かけてたんじゃないのか？」
「……ああ、うん。まあな」
　莉都は妙に歯切れが悪い。
「つか、その荷物抱えてるの大変だろ。持つぞ」
「いや別に構わない。そこまで重くもないからな」
「そっか」
　それだけを話して、後は二人並んで無言で歩く。
　この季節を彩るイルミネーションは、街のあちこちまで続いている。
　アーケード街もご多分に漏れず、店の前にはサンタとクリスマスツリーを模した飾りが置かれていた。
　ケーキ屋は今この時期こそかきいれどきなのだろう。
　サンタのコスプレをして熱心に販売している。
「ちょうど一年前だそうだ」
　急に話し出した莉都に、視線で問う。
「昨年、小夜璃は丁度この道を歩いていて、あの猫を見つけたらしい。ダンボール箱に押し込められていて、寒さに衰弱していたようだ」
「……当時は捨て猫だったのか」
「多分な」
　それ自体について、莉都は酷いとも可哀想とも言わない。
　思っていても口に出さない。
「その後、ぶらりと居なくなってしまったが……誰かに飼われているのなら大丈夫か。栄養状態も良いみたいだしな」
「あれは良すぎる気もすっけどなぁ」
　人懐っこい猫だった。
　今の飼い主に愛されているのだろう。
「しかしそんなに月光館って居心地悪いのか？　逃げ出すほどだし」
「さてな。ただ、あの山ではあまり動物の姿を見ない。野生の獣に嫌われる何かがあっても不思議ではないな」
「……確かに」
　過去に凄惨な儀式の行われた御津上の山。
　感覚の鋭い獣なら、何かを感じ取る事もあるかもしれない。
「そこをこうして歩いているのだから、不思議なものだ」
「まったくだ」
　一年前のこの時期の事は、よく覚えている。
　もはや忘れられない記憶の欠片。あの日から全ては始まったような気さえしてくる。
　だから、仮にもしあの時に戻れるとしても。数ヶ月の入院生活があったとしても、同じ選択を取りたい……と、そこまで考えて妙な既知感があった。
「あれ？」
　莉都が訝しげに俺を見る。
「なんか前にもクリスマスの話をしたような……」
「ああ、そういえばしたな。あれも半年前のことか」
　半年前……。
「ああっ！　そういえば！」
　学園祭の時に、莉都とそんな話をした。
　もし過去に戻れたとして、あの頃森の中を散策していた莉都と俺は会えない……と。
「…………」
　そして、同時にその後の事も思い出した。
　――もちろん、強烈な出来事すぎて忘れるなんてできないが、それでもあの時重ねた肌の感触も強く記憶に残っている。
「変な目で見るんじゃないぞ」
「……見てねーっての」
　秀麗な顔を僅かに染め、莉都がついと視線をそらす。
　何度肌を重ね、莉都から求めてくるようになっても、微妙に恥ずかしがるのは変わらない。
「あー……ま、まあ。それはそれとして、だ」
　ごほんと一つ咳払いで誤魔化した。
「あん時、お前森の中を歩いてたとか言ってたよな。それってまさか……」
「ん？　ああ。見慣れない館に戸惑ったのか、体力が戻ったからなのか、元気になった途端に外に飛び出していってな。小夜璃が気にかけるのでな。探すのを手伝っていた」
「なるほど」
「ちなみに徒労に終わった。散々探し回って戻ってきたら、入り口の戸の前で丸くなっていた」
「……猫ってのはほんと好き勝手に動くよな」
　それから暫くして本格的に月光館を出て、またふらりとやって来るのだから気ままなものだ。
「とはいえ、いきなり人口密度も増えているのだから、少しは驚くなり面食らうなりして欲しいものだがな」
「まるで我が家のようにくつろいでたもんな……」
　ペットは飼い主に似るというが、今の主はそんなに神経が太いのだろうか。
　それとも自由気ままな猫の性分なのか。
「だが――」
　何かを言いかけ、それでふと柔らかく微笑んだ。
「このような驚きは、楽しいな」
「……だな」
　クリスマスパーティーを楽しむのも。相手に渡すプレゼントに頭を悩ますのも。気まぐれな猫の気性に振り回されるのも。
　――何もかもが、楽しい日常のひと時だ。
「でも、アイツどうする？　飼い主が探してるんじゃないのか？」
「そうかもしれないな。一応、保健所の方に預かっているとの連絡をしておくよう小夜璃に手配してもらっているが……」
「……まあ、居なくなったからってすぐに保健所行く方が少ないよな。きっと」
「ああ。今も探しているのだな……あのように」
「ん？」
　莉都が目を向ける。
　電柱には一枚の紙が張られている。
　カラー印刷されたチラシには、一匹の猫の写真が写されている。
　……案の定と言うべきか、ごく最近見覚えのあるでっぷりとした体格のいい猫が、腹をカメラに向けてごろごろと転がっていた。
「……定番っちゃ定番だけど」
「この場合は、楽に見つかってよかったと言うべきか」
　そして、そこに書かれた連絡先に目を丸くする。
　張られて間もない張り紙。
　あまり広くないアーケード街だ。探している人間も、あっさりと見つかった。
　小太郎と南条がいた。
　店の人と話をし――店主らしき人に大仰に頭を下げられては逆に下げ返し、そんな事をしている。
　そうしてややあって、小太郎が手にした紙を相手に渡していた。
「……いくか」
「そうだな」
　二人に声をかける。
　探索は無意味だと教えなくてはならない。
「二人ともー」
「あら」
　南条が俺たちに気付く。
　小太郎が頭を下げた。

　――翌日のクリスマスパーティー。
　出席者が増えたのは言うまでもないだろう。



　２


　進矢と別れてから、夕月小夜璃は一人、アーケード街への道のりを歩いていた。
　店のスピーカーから流れる明るいマーチにあわせ、どこか浮き立った足取りで。
「――――」
　それが、ぴたりと止まった。
　店の前でサンタクロースのコスプレをした店員が売っているのは、７号サイズのイチゴのケーキ。
　小さく切り分ければ、１０人前ほどの大きさだ。
　今の月光館に住む人数を数え、参加するであろう人の顔を思い浮かべ――そして懐の重さを考える。
「クリスマスケーキはいかがですかー」
　まだ学生だろうか。
　寒さに上気した赤い頬。それにも負けじと小夜璃に声を張り上げる。
「では、一つお願いします。取りに来るのは明日でもよろしいかしら」
「はい、大丈夫ですっ！　ご予約ありがとうございます！」
　差し出された用紙に、さらさらと記入をしていく。
　昨年感じた寂しさは、どこにも残っていなかった。



　§



「まったく参りましたわ」
　月光館への道すがら、南条がぶつぶつと文句を言っている。
「南条の飼い猫だったとはなぁ」
「私のではありません。お父様のです」
「……同じじゃないのか？」
　てとてとと後ろを着いてくる小太郎に確認してみる。
「はい！　旦那さまは動物がお好きなんです。他にもたくさん飼われています」
「へぇ。例えば？　やっぱ血統書つきの犬とか」
「いえ……ミドリガメにフェレット。それにキツネの子供と猫が２匹」
「……ずいぶん庶民的なんだな」
「あっ！　後は熱帯魚も飼われていました。グッピーが泳いでいます」
「…………そっか。なんか好感持てる親父さんだな」
「…………あえてノーコメントという事にしてください」
　はぁ、と盛大にため息をついた。
「どこかに出かけては、捨てられてる動物を拾ってくるのですよ。かわいそうだなどと言って。そのうち動物園でも開けそうですわ」
「猫とキツネと亀とグッピーの動物園か……」
　学校の飼育委員みたいな動物園だ。
「金持ちが熱帯魚っつったら、アロワナとかピラルクみたいなの想像すんだけど、まさかグッピーとはなぁ」
「進矢は熱帯魚には詳しいのか？」
　莉都が聞いてくる。
「前に少しバイトしてたことがあるってだけ。でも、あんま合わなかったからすぐ辞めちまった」
「そうか」
　それで納得したのか、軽く頷く。
　それとは反対に、南条は深々とため息をついた。
「前は居ましたわよ。ピラルクー。春先に停電があった時に、ヒーターが止まってあっさり亡くなってしまいましたが」
「そうなのか……かわいそうにな」
　南条はますます嫌そうな顔をする。
「あ、あはは……」
「……３メートル近い巨大な魚を運び出す保健所の方こそ、おかわいそうと言うに相応しいですわ」
　想像してみるとものすごくシュールな光景だ。
「しっかし、南条のお父さんが動物好きだったとはなぁ」
　思わず漏れた本音に、莉都が相槌を打つ。
「まったく意外な事実だったな」


　§


　月光館に戻ると、なにやらバタバタと騒がしかった。
　すでに飾り付けをしているのかと思ったが、その様子はない。
　廊下を駆ける音が上から響いてくる。
　俺たちが帰ってきた事に気付いたのか、和奏さんが２階から顔を覗かせた。
「あ、おかえりー。麻里香ちゃんと椎堂君いらっしゃいー」
「……何かあったんですの？」
「それがねー、聞いてよー。ここに居た猫が急にいなくなっちゃって」
「え」
　南条がピタリと固まる。
　まさしくその猫を引き取りに来たのだから、当然だ。
「さっきから手分けして探しているんだけどねー。ほんとどこに行っちゃったんだろう」
「まさか、また出てったとか？」
「それは困りますわ！」
　南条が和奏さんに問う。
「建物の中にいるのですわよね」
「多分ー。さっきまではそこのソファで寝てたんだけどねー。ほんとどこ行っちゃったんだろう」
「了解ですわ――申し訳ありません、私も中を探させていただきたいのですが」
「好きにしてくれて構わないが……」
「では小太郎。参ります」
「はい。それでは失礼します」
　ぺこりと頭を下げて、小太郎が南条に続く。
　階段を上がった所で和奏さんと探す相談をする。
「……俺たちも手伝うか」
「そうだな……ああ、そうだ」
「ん？」
「あの猫、三毛猫でしかもオスだったな」
「そういやそうだったな。それが？」
　いや、と莉都は納得したように首を振った。
「なるほど。他にはキツネに亀か……道理で南条の父親が大事にするわけだ。さっさと見つけて返してやろう」


　こうして猫一匹探し始めると、月光館の中もずいぶんと広い。
　莉都の持っていた荷物はとっくに部屋に放り込んである。
　手分けをして一階から順に探していく。
　図体のデカい猫だが、それでも動きは人間よりも俊敏だろう。思わぬ所に入り込んでいるのかもしれない。
「三毛猫のオスだからって何かあんのか？」
「染色体の問題から、三毛猫のオスは産まれる確率が極めて低い。だから、幸運を呼ぶと言われている」
「……お前よくそんなの知ってたな」
「夏前に少しな。その手のジンクスが何かしらのヒントにならないかと、調べた事がある」
　確かにあの頃は幸運だの不運だのに悩まされていた。
　それは今も少し続いているのだが、以前に比べれば大したことじゃない。
「たかだかクリスマスパーティーだというのに、なかなかスムーズに行かないものだな」
　ぼやくようで、それでいて妙に楽しげに莉都は言う。
「だから楽しいんだろ？」
「そういうことだ」


　それから夕方まで手分けして月光館を探し回る。
　結局その猫は見つかった。
　夕方、先輩の部屋で寝ているのを、下に降りてきた彼女が連れてきた。


「ありがとうございます。勉強のお邪魔をしては居なかったでしょうか」
　猫を両手で抱きかかえた南条が、先輩に頭を下げる。
「いーっていーって。殆ど膝に乗っかってただけだしね」
「そうですか」
　もう一度優雅に会釈して、ではと背を向ける。
「なんだか納得がいかんな」
　南条たちを見送りながら莉都がぽつりと言った。
「何が？」
「…………」
　それに返す、僅かな沈黙。
　ややあって、微妙な不満と共に口にした。
「あの猫。私の膝には乗ろうとしないんだ。小夜璃にも名凪にも……進矢にすらすぐ懐いたというのに……くそ」
「…………」
「…………ぷ」
　思わず先輩と顔を見合わせる。
　直後、爆笑に包まれた。



　太陽が落ちる。
　こうして、冬休みが始まった。
　月光館の飾りつけも進み、ホールの角にはクリスマスツリーが飾られている。
　夕食も終わり、誰もいない空白の時間。
　そうだ、と思い出したように莉都が言う。
「少し、ここにいてくれ」
　そうして部屋に戻っていく。
　戻ってきた時には、両手を後ろに回していた。
「正直気が早いのだと思う。……が、やはり自分には無理そうだと確信した」
　視線をそらし、早口で言う。
　何を？　とは聞けなかった。
　馬鹿でかいリボンが、後ろに覗いている。
「だからお前には悪いが、一足先に渡しておく。これをどうするも進矢次第だ。明日がいいというなら明日にするが……」
　よほど恥ずかしいのか、昼間よりも深く頬を朱に染め、視線を宙に彷徨わせている。
「……いや」
　莉都に向けて、手を出した。
　でも、そこには何も乗っていない。こんなことなら、俺も持ってくればよかったと後悔する。
「ありがたく貰っておく。……けど、バカでかいな。何が入ってるんだ？」
「できれば部屋に戻ってからにしてくれ。もちろん、見たいというなら止めないが……」
「……？」
　そこまで狼狽する理由がわからない。
　リボンを外し、中を覗く。
　……やはり分からず、手を突っ込んでみた。
　妙に柔らかく、ふかふかとしている。
「……？」
　引っ張り出して広げる。
　そこにはマフラーがあった。
「小夜璃に相談したら、それが定番なのだと聞いてな。確かにお前が巻いてる姿は見たこと無かったからな」
「あ、ああ……」
　ここから学園へは近く、無しでも過ごせると思って用意もしていなかった。
　それでも肌寒い時は多々あったが、我慢できる範囲でもある。
　――が、もちろんあるなら当然ありがたい。
　そうしてこの馬鹿でかい包みは、当然中にまだ入っている
「これは？」
　今度は折り畳まれた毛布のようなものだ。
「ストール……じゃないよな。馬鹿でかいマフラーみたいな……」
「ブランケットだ。部屋で使ってくれ」
「なるほど」
　確かにこの季節、机に座っていると膝の辺りが妙に寒い。
　ありがたく使わせてもらうことにする。
　そうして、中に手を突っ込むと更にまだまだ入っている。
「……もういいだろう。後は部屋で広げてくれ」
「そうだな」
　苦笑して袋に戻す。
「ありがとう。大事に使わせてもらう」
「そうしてくれ」
　あくまでそっぽを向いたまま、ふてくされたように言う。
　莉都の不器用な照れ方が、妙に可愛い。
「俺もプレゼント持ってくりゃよかったな」
「買うタイミングを逃しているだろう」
「……そうなんだよな」
　あのまま南条たちに遭遇したから、買い物も何もかも放り出して帰ってきてしまった。
「だから……」
「キスをしてこの場は誤魔化す、などというのはいらんぞ」
　バレてるし。
「じゃあ、悪いけど明日な。楽しみにしててくれ」
「ああ、期待させてもらう」
　それから取りとめのない話をして、部屋に戻る。
　別れ際。
「進矢」
「ん？」
　振り返った先、素早く口元を柔らかいものが掠めていった。
「いらんが、与える分には構わんだろう」
「……まったく」
　してやったりとばかりの、晴れやかな笑顔。
　この街で過ごす冬の一日。
　特別なことが起こらなくても、それでも掛け替えのない明るい日。
　それはこんな、真冬にあった一幕の出来事――。