ダンッ！　ダンッ！　ダンッ！
　手にしたカナヅチで板に釘を打ち付ける。
　四角に組み上げられた板は、立派な台へと姿を変えていた。
「……こんなもんか」
　完成した台をチェック。
　どこにも異常もゆがみもない。
　倉上進矢は満足げに置いた。
「終わりましたの？」
　クラスメートの南条麻里香が話しかけてくる。
　ここは２年Ａ組の教室。
　そして今は、天都原学園の文化祭。通称『桜桐祭』の準備だ。

　しかし、彼が作っていたのは自らの出し物ではない。
　女子の割合が多く、文化部が主体のこの学園では、文化祭は部活動単位で行われる。
　教室はクジでそれぞれの部に割り当てられる。
　学園の入り口のような目玉の場所は取りあいになるための措置だった。
「こんなモンでどうだ？　カウンターには十分だろ」
「……器用なものですわね」
　組み立てられた台を見て、目を丸くする。
　整った容貌をした少女だ。
　良家の子女が多い天都原学園でも、上位に位置する南条家の一人娘。
　気の強い彼女は、ともすれば敵も作りやすいが、潔癖を常とした気丈な性格は進矢は嫌いではなかった。
「後はもう一つか……。さっさと作っちまおう」
「よろしくお願いしますわ」
　それだけ言って、自分の作業に戻っていく。
　見事にセットされた頭のロールを指先でくるくるといじっている。
　機嫌の良い時に見せるクセらしい。
「おい、南条」
「なんですの？」
「ちょっとこの板に穴あけて欲しいんだけど」
　言いながら、ひょいと髪の毛の先を摘んだ。
「ガガガガ……って出来ませんわよっ！！」
　噛み付くように自らの髪を奪い返す。
「やっぱお前ノリいいよなー。わりーわりー」
「まったく……」
　ふん、とそっぽを向く。
　その足がピタリと止まり、ついと進矢に向けられた。
「そういえば倉上さん。聞いたことあります？」
「何を？」
「……なんだか最近、出るんだそうです」


　学園が終わる。
　文化祭の準備は数日に渡って行われる。
　今日は５月２９日の木曜日。
　明日の金曜日は、丸一日使っての文化祭準備日だ。
　月光館のロビーで、神凪莉都に南条麻里香から聞いた話をした。
「幽霊……か」
　ふむ、と考え込む。
「まあ似たようなモンがいるからな。あながち嘘とも言い切れなくて」
「なぜわれを見ながら言うか」
　テーブルの上では、身長１５ｃｍほどの巫女服を着た少女が怒っている。
　幸御魂のタマ。
　進矢が部活の手伝いをしていた理由でもあり、彼のこれまでの不幸生活の原因の一つでもある。
　彼女をはじめ、進矢や莉都は契約のような関係にある。
　事故によって命を救われた。
　幸運を前借りし、タマに負債を返す形で他者の幸運を集めている。
　方法は三つ。
　一つ目は他人の不運を肩代わりする。
　二つ目は他人の幸運を剥奪する。
　三つ目は他人との間に接点を作る。

　昼間やっていた部活動の手伝いは三つ目に属し、また他者の近くに居る事で振りかぶる不運の肩代わりを目的としていた。
　上げた順に効果が大きく、またどれをやるにしても、何かしらの繋がりが必要になる。
　それは友愛であったり、憎しみであっても構わない。
　他者との間に交わされる感情の流れ。
　それらを道として、タマは相手の幸運を操作する。
　だから必要なのは知名度と相手からの認識。
　何か事件を解決して名が知られれば、それだけ現状を打破しやすくなる。

「でもでも、幽霊騒ぎなんて聞いたことないよ？」
　同じクラスの今里和奏が疑問を上げる。
　活発で明るい、クラスの人気者の少女だ。
　彼女も進矢と同じく転校生で、時期は３ヶ月ほど早い。
　今年の頭に天都原学園にやってきて、学年をまたいで僅か５ヶ月。
　しかし、すっかりと馴染んでいた。
「そうだな。私も聞いたことがない。……というより、逆説的に珍しい話ではなくなっているからな」
「……聞いたことがないのに珍しくないのかよ」
「この時期ならなおさらだ。夜遅くまで居残りで作業している生徒が多いだろう？　中には怪談などで暇を潰す者もいる」
「ははぁ。そんな時に誰かのじょーだんを間に受けて、本当に出たーとか思っちゃったりとか」
「と、私は見ている」
「それで、知らないが珍しくも無い話か……」
　本物は知らないが噂だけなら幾らでも沸いてくるわけだ。
「それで南条はなんと言っている？」
「さあ……今日は遅くまで設営するから、見つけたら退治するとかなんとか」
「うわ。麻里香ちゃんさすがだ……」
　和奏がこわごわと言う。
　暗いところが苦手な彼女には、気丈に言い切れる麻里香が信じられないらしい。
「それで？　どうするのだ」
「……ま、行くだけ行ってみるか。白雪と小夜璃さんには留守番をしてもらって……和奏さんはどうする？」
「う……」
「別に無理強いするつもりはないぞ。私と進矢だけでも十分だ」
「われも行くぞ」
「むしろ、俺とタマだけで十分……か？」
「なに。お前たちだけに押し付けるつもりはない」
「……う、うう。う～」
　一拍おいて莉都が駄目押しに一言。
「それで、今里はどうするのだ？」


　§


「ハメられたぁーっ！」
　夜の校舎に今里和奏の絶叫が響いた。
「うるさいですわよ」
「だってだってだってぇ～。文化祭準備期間だし、人いーっぱいいるよーって言ってたもん。全然いないもんっ！　わたしたちだけだもんーっ」
「……そう言うこともある」
「してやったりみたいな顔しないでよっ」
　校舎は静まり返っている。
　明日の夜になれば準備終了の前夜祭で盛り上がるらしいが、今日はひと気がまるでない。
「幽霊ってどこで出たんだ？」
「一階の理科準備室だそうですわ。遅くまで残っていた子が目撃したとか。その次が隣の国文科棟の教室。こちらもなにやら怪しい人影があったとか」
「ふーん……」
　ここにいるメンバーは進矢を除けば、神凪莉都。今里和奏。それからタマの月光館メンバー。外部の人間が南条麻里香のみ。
　莉都が話をつけたから、警備員につまみ出される事もない。
「まあ、さくっと回ってみるか？」
「そうですわね。では手分けして――」
「嫌だよーっ！」
　麻里香の提案に和奏が顔色を変える。
「ですが全員で歩いては意味がありません。何かで決めて二手に分かれましょうか」
「そーだな」
「う～～……じゃあ、がんばる」
　グーパーで決める。
「……あら」
　進矢と麻里香がグー。
　莉都と和奏がパー。
　これでペアが決定していた。
「……ま、よろしくな」
「こちらこそ」


　§


　薄暗い校内に足を踏み入れる。
　二人の担当は理科準備室。標本や人体模型がある分、よりおどろおどろしくなっているだろう。
　校舎の中は普段と違い、僅かな足音まで反響して流れていく。
「……ふぅん」
　そんな場所を、麻里香は臆した様子もなく進んでいく。
「女の子ってこういう所は苦手なイメージあるんだけどな」
「倉上さんの勝手な思い込みですわね」
「実際、和奏さんは暗いの怖がってたな」
「今里さんなら、そうなのでしょうね」
「ま、南条の者が闇を恐れては話にならぬな」
　進矢の肩の上で含み笑いを漏らす。
　タマの声に、麻里香は気付いた様子はない。
　彼女を知覚するには、幾つか条件がある。
　進矢や莉都のように、直接的にタマと契約していること。
　これは明確な文章ではなく、彼女から幸運を与えられている事がそれにあたる。
　二つ目は、進矢らと強固な縁があること。
　人の想いを媒介するタマは、それらを幸運の通り道として変動、操作する。
　そのどちらも無い麻里香には彼女を知覚することが出来ていない。
「……理科室だっけ。ざっと見て回ってみるか」
　進矢の声に頷く。
　二人は奥の闇へと歩き出した。


　一通り校内を歩いたが、めぼしいものは何もなかった。
　特に怪異が起こるわけでもなく、不審な人物が歩いているわけでもない。
　半ば拍子抜けした気持ちで、進んでいく。
　残るは最後。理科準備室だけだ。
「そういや、南条って何で陸上やってるんだ？」
「……いきなりなんですの。唐突に」
「いや、歩いてるのも退屈だからさ。他に話題もねーしな」
「そうですわね……。それにしても、陸上ですか」
「特に意味はないのか？」
「……もしかしたら、そうなのかも知れません」
　ぽつりと漏らす様子に、頭の上のタマまで首を傾げている。
「まあ、大昔の話です。ふと走る事とは何だろうと考えた事がありまして」
「……ずいぶん哲学的だな。昔って子供の頃だろ？」
「確かに子供ですが……そう大して珍しいとも思えませんわ。単に機会があっただけです」
　こほん、と咳払いをして続ける。
「私にはよく分かりませんでしたので、試してみようと思った次第です。ただ、それだけですわ」
「ふーん……」
　説明はあっさりとしたものだった。
　南条麻里香は陸上部の中距離エースだ。
　何度か表彰もされており、家名とあわせて学園内でも有名らしい。
　ただそれだけの一言で済ますには、優れた成績だ。
「……がらにもない昔話をしてしまいました。このことは内密に」
「誰に話すってんだよ」
「それもそうですわね……つきました。ここで最後ですわ」
　校舎一階の奥。理科準備室。
　ここで物音を聞いて、人影を見たというのが今回の幽霊の噂話だ。
「ふーむ……やっぱ鍵かかってるよな」
　扉は締め切られ、中に入るには鍵が必要だ。
「ではどうしようもありませんわね」
「あ、いや」
　くるりと戻ろうとする麻里香を呼び止めた。
「逆に不思議になったんだけどさ。鍵ってずっと掛かってるよな」
「……まあ、そうでしょうね」
「なら人影ってどこで見たんだ？　中入れねーだろ」
「…………」
　麻里香が押し黙る。
　あごに手をあて、何かを考え……。
「なるほど。確かに」
　夜のここでは、扉越しに人影も見えない。
　それなのに、何故人影なのか。
　単なる根も葉もない噂話でしかないのか、何かしら理由があるのか……。
「……タマ」
「なんじゃ」
「お前、中分かるか？」
「しばし待っておれ」
　タマが飛び降りて、中に入る。
　彼女の存在は進矢らには触れられるが、生身の存在ではない。
　タマを認識できる人間の存在により、双方向に影響を及ぼす。
　それは、見えない、触れないという点でも同じ。
　南条麻里香はタマを知覚できない。ゆえに、この場に置いてタマが物を動かす事はできない。
　同時にそれは、物をすり抜けて中に入る事が出来ることでもある。
「ですが、どうなさるんですの？　神凪さんに開けていただきます？」
「それは後の手段だけど……南条はどう思う？　もし本当に侵入者だったとしたら」
「だとしたら？　……ああ、わざわざ来る目的ですか」
　はらりと肩に下がったロールを払う。
「別に相手の目的など、どうでもよいことですわ。先日の盗難事件と同じく、犯人に魔がさしたのではないでしょうか」
「……やっぱそうだよな」
　このところ、街中でも学園でも事件が頻出している。
　天都原学園でも先週半ばに窃盗事件があった。
　女生徒の下着が盗まれるという、大胆かつ変態行為だ。
「ですが、わざわざ理科準備室に忍び込むというのも意味が分かりません。ただの怪談話なら、曰くのある場所として理解も出来ますが……」
「生身の人間なら、目的はあるはずだよなぁ」
　本当にこれがわからない。
　例えば……薬品を盗み出す？
　でも、そんなの警備の目をかいくぐってくるなんてリスクが高すぎだ。
　それならまだ、授業中や掃除の時にやった方がいい。
「何もおらなんだぞ」
　中からタマが出てくる。
　やはりハズレか……。
「……まあいいか。戻ろうぜ」
「そうですわね」
　南条も少し釈然としない顔をしている。

　校内に向かって歩き始めた所で、ふと思いついたように口を開く。
「いわゆる、電灯の明かりはないでしょうか」
「懐中電灯のだろ？　中に忍び込んだやつが持ってて、それで光で影が写ったとか」
「そうです。これなら人影を見たとしてもおかしくないはずですが……」
「でもそこまでくると、幾らなんでも幽霊話にはならなそうだけどな。どう見ても人間っつーか、不審者そのものだろ」
「……そうですわね」
　それなら、何故幽霊か。
「なんじゃ」
　視線を向けた進矢に抗議する。
　幽霊と聞いて、反射的に肩に乗っているタマに視線を向けた。
　……だけど違う。進矢が見ているのはその更に先。
　鏡状になった窓と、そこに写りこむ自分の顔だ。
「もしかして……」
「どうかなさいまして？」
「いや、でも」
　進矢は首を振る。
　もう少しで何か閃きそうなのに、考えがまとまらない。
　やはりこういう場合は、頭脳担当の相棒に任せた方がいい。莉都ならあっさり解決してくれそうだ。
「なあ。設営で遅くなったとして、どこかの教室から理科準備室にいく必要ってどういう場合で出るんだ？」
「え？　……そうですわね」
　麻里香が考え込む。
　転校生の進矢と違い、彼女には学園生活で蓄積した経験がある。
「まずは備品を借りた場合でしょうか。他には保管庫などもありますので、舞台装置の道具も預けられます」
「ドライアイスとか？　どっちかっていうと家庭科室の出番っぽいけど」
「いえ、家政系統の複数の部が使う場所ですから、他の部の荷物置き場にはなりづらいのではないかと」
「ああ、なるほど……」
　その点、理科準備室なんて何も使わない。
　何かしらの出し物をするなら科学室や実験室の方だ。データを張り出すなら教室でいい。
「……なんか見えてきたな」

　校舎から出る。
「あ、おーい！」
　莉都と和奏も、既に戻ってきていた。


　§


「……特に何も見なかった。理科準備室の辺りは女生徒が文化祭の道具を持っていた。だそうだ」
　携帯を切った莉都が、進矢達に向き直る。
　先日から天都原学園では事件が複数起こっている。警備は厳重化され、２４時間体制だ。
　確認は簡単に取れた。
「んー。じゃあ結局何もなかったってこと？」
「……いや、何となくそれで分かったような気がする」
「ですが、理科準備室は何もなかったのですわよね」
「……ん？　ああ、なるほどな」
　莉都が相槌を打つ。
　彼女にはそれでもう分かったらしい。
「えっと、どういうこと？」
「彼女達は見たじゃないか。自分たちを覗き込む幽霊の顔を。今、私たちが聞いたのは幽霊側の情報だ」
「……え」
「つまり……」

　文化祭の準備で遅くなった彼女達は、当日使う道具を理科準備室に運び入れた。
　当然、室内の電気はついている。窓は鏡の役割をして、彼女達の姿を映し出している。
　しかしそれはただの光の反射であり、結局そこは窓に他ならない。
　中にいる生徒を確認しようと、警備員が窓に近付き……。
「……ああ、なるほど」
「いきなり窓から覗いてる顔があったら、そりゃ驚くよな。ついでに鏡になってて、窓に近付くまでは見えてないだろうし……」
　接近に気付かず、見えた頃には顔が窓のすぐ側にある。
　この所の事件続きで、熱心な職員は中を検分しようときちんと確認できる位置まで近付いた。
「わかってみると、つまらんのう」
　大規模でもなく、僅かに口づてにしか伝わらない幽霊話。
　なんともあっけないものだ。
「あーあ。こういうのなんていうんだっけ……」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花ですか」
「そーそー。それそれ。結局上も何もなかったよー。国文科教室のも、そんな感じの見間違いなのかなー」
「……でしょうね」
「ちなみに、そっちはどんな話なんだ？」
「今と同じです。窓の外から覗き込むような顔があったと」
「…………」
　進矢は校舎の上を見上げる。
　今の理科準備室は一階の奥。
　しかし……件の教室は……。
「……なあ、もしそっちも警備員とかだとしてさ。どうやって上まで昇ったんだろうな」
「…………」
　一同に沈黙が下りる。
　校舎の外壁。そこにはしがみつけるような物すら、ロクにない。

「さて。今里には黙っていたが、今しがたも居たからな。聞いてくればよかった」
「うわーんっ！　そういう話やめてよーっ！」

　和奏の悲鳴がこだまする。

　徐々に暑くなる季節。
　そこに訪れた、一足先の怪談話。