「一番、運が良かった時の話？」

　ある日の夕食の時間、小夜璃さんが唐突に言ってきた。
「はい。ええと今は……その」
　ちらりと陽太や先生たちを見る。
　幸運関連の話題は俺たちとは違い、彼らには寝耳に水になるだろうけど、特に気にした様子も無かった。
「毎日何かしら起こったとか、悪いお話ばかりですから。進矢さんもよく……」
「ああ……不幸自慢みたいになっちまってるな」
　確かにコレは良くない。
　俺自身がツイてないのは元からだが、別にそれでどうこうという訳ではないのだ。
「でも倉上がツイてた時なんて、今さらだろ？」
「だな」
　陽太と上杉が当然の顔で言う。
「なんだよ。いきなり」
「そりゃーお前……」
　ガシッと手を伸ばしてくる。
「いてっつの！　なんだよ」
「理事長とマブダチになってんのは、運がいい以外のなんだって言うんだよ」
「とはいえ相性の良さもあったのだろうが、そこまで気の合う友人を見つけられるのは、やはり縁に恵まれたと言ってもおかしくはないな」
「確かにそういう物かもしれないが」
　莉都本人が真顔で頷いているのだから、反応に困る。
「ただ、この場合はそういう話ではないのだろう。私にだってそれくらいは分かる」
「そうですね。お二人の仲の良さは承知しておりますので、もう少し市民的にお願いします」
「そーだよー。そんなこと言われたら、バカップル空間に支配されて話が終わっちゃうよー」
「だな」
　和奏さんの抗議を受けて、さもありなんとうなずく陽太。
　……お前が言い出したことだろうに、釈然としないのは何故だろう。
「しかし、改めて運が良かった時の事を問われても、なかなか思い浮かばないな……」
「宝くじ当ったとかだと分かりやすいんだけどな」
　もちろん俺は当った事はない。
　というか買ったことも無い。
　どうせ当らないから。
「……宝くじですか。前に一万円当った時は、とても嬉しかったです」
　意外なことに、そんな確率ギャンブルとは無縁そうな深弥先生がぽつりと言った。
「先生……宝くじ買ってるんですか？」
「え？　あ、いいえ……いや、はい……買っているといいますか、先生たちのお付き合いで少し……」
「先生方のお付き合い？」
　白雪が首を傾げている。
　俺も同じ気持ちだ。
「ええと、ボーナスの時期になるとまとめて買おうという音頭を取る方がいまして、その……前後賞があるから、一度に大きく買った方が確率が高くなるとかで、それでお付き合いで一口……」
「大量に購入し、しかる後に出資した額の枚数を分配。基本的に個人で買うのと手元に来るのは変わらないが、しかし額が大きいだけに数字の連番が多く続いてると、そう言うことですか」
「そう……ですね。なんだか神凪さ……理事長にお聞かせするには少し恥ずかしい話なのですが」
「いや、別に構わないです。どのように使われても、それは個人の所得ですから」
　そこでついと首を傾げる。
「ああ、なるほど。神無月教諭の発案ですか」
「……はい」
　朱美先生さすがだな。
　あの人ならさもありなんという空気が流れたところで、白雪が場を繋ぐ。
「でもでも一万円でも当ったらすごいですね。一口って幾らだったんですか？」
「…………。一万円です」
「……あー」
　微妙に気まずい空気が流れる。
「それでは良いも悪いもないじゃろうに」
　タマが呆れて言うが、それでも当たったことに運を見出してしまうのが宝くじの夢なのだろうか。
「ちなみに朱美先生の方は当たったんですか？」
「どうなんでしょう。ですが先輩のことですから、当たったなら言ってくると思いますし……もしかしたら全部はずれなのかも知れませんね」
「そうそう。そういえば」
　和奏さんが身を乗り出す。
「せんせーと神無月先生ってここの卒業生で、前から先輩後輩の仲なんですよね」
「はい、そうですよ。あの頃はまだ女学院でした」
「へー。やっぱり」
「というか、共学化したのがつい最近だ。私が理事長になってからだからな」
「そういやそうだったな。俺らで２年目か３年目だっけ」
「つか、ほんとについ最近じゃねーか」
　この男女差も納得だ。
「ふふ。そうですね。公舎は同じなのに、男の子が通っているのは少し不思議です」
「そんなもんですか」
　先生は何かを思い出すように、頷いて続ける。
「男の子が入って学園も変わりましたが、女の子も大きく変わってきましたね。私たちの同級生と今の生徒はやっぱり違うと思います」
「たとえば、どのような所がですか？」
　白雪の質問に、少し照れるように逡巡する。
「でもこの学園の男なんて肩身が狭いもんだけどなぁ」
「だよな」
「まさにそこです」
　俺たちのぼやきに頷く。
「男の子が女の子の目を気にするように、女の子たちもやっぱり男の子の目を気にしていると思いますよ。女の子だけだと……なんというか、その……」
「見られても構わないと開き直ったりな」
　莉都が言葉を続ける。
「……付属などは今も女子学園だからな。今もそのような空気が漂っている。暑いと胸元を開けて風を送り込んだり、スカートをまくりあげたり。東条も覚えがあるだろう？」
「わ、私はしていません……っ！」
「いや別にやっているとは言ってないが」
　真っ赤になっている所を見ると、似た光景は見た事があるのだろう。
　そういえば、転校してきてすぐに女子が多いせいで隙のある子がちらほらいるから気をつけろと言っていた。
　相手の不注意で覗き扱いされてもつまらないからとも。
　なるほど。こうやって、ああいう隙の多さが培われたのか。「……なんだよ。へヴンはすぐ目の前にあったんじゃねぇか」
「古き良き伝統だな」
「あんたたちはいい加減にしなさーい！」
　和奏さんの突っ込みを尻目に、先生に聞いてみることにした。
「じゃあ先生もずっと女子校育ちなんですか？」
「え？　ええ、そうですよ。先輩も同じ付属からで、進路も合わせた訳ではないのですが、同じ教育大に」
「へー。じゃあ元から先生を目指していたんですね」
「そうですね……大学で再会した時はすごく驚いたんですが……いえ、そうでもなかったのかも知れません」
「と言いますと？」
「それだけ、先生を志望する子が多かったということです」
　何かを懐かしむように、ここを。月光館の中を見渡す。
「実はここにも学生時代の思い出があるんですよ」
「月光館に……ですか？」
　小夜璃さんからすると自分の住居であり勤務場所だ。
　控え目に、しかし興味深く聞き返している。
「はい。その頃の月光館は……そのなんというか」
「ボロ屋敷だったな」
「ええ……はい。中庭も整備されていなくて、草も生えていて……私たちはお化け屋敷と呼んでいました。そして、学園にも近くて所有者も分かっていましたので、身近にある不思議な場所みたいに」
「ロマン、ですね」
　わかりますと力強くうなづく小夜璃さん。
「廃屋は癒しだよね」
　和奏さんの言葉は何となくわかる。
　わびさびというか、廃墟は人を引き付ける何かがある。
「整備の行き届かない建物など、邪魔で危険なだけだと思うのだがな」
「滅びの美しさとでもいうつもりか？　時が経てばどのようなものでもそうなるじゃろうに。くだらぬのう」
　納得しきれない二人は置いておこう。
　莉都とタマでは常人と感性が違いすぎる。
「夏休みなんかは、よくここで肝試しをしたんですよ。校舎から始まって森をぬけて、建物の前に名前を書いたお札をおいてきたりしました」
「うわー……怖そう」
「ええ。すごい怖かったですよ。森の中はロープで順路などが作られていたんですが、明かりも殆どないですし、足元は暗いし……月光館も当時は倉庫みたいな扱いでしたから、明かりもなくて不気味で」
「今だって夜に外歩きたくねーもんな」
「ですが、今はそこに住んでいるわけですから、とても不思議ですね」
「そうなんです。そして、先輩と知り合ったのも実はこの肝試しだったんですよ」
「え、そうなんですか」
「はい。今は行われているかどうかわからないのですが、付属の子は殆どこっちに上がってくるので、上の学園の子が下の付属の子の面倒を積極的に見るという風潮が、当時あったんです」
「今はさほどでもないかな。私が共学化したのが最大の原因だが……まあ、名凪のようなモノ好きは何かしら企画をしてはいるようだが」
「なるほど……補足ありがとうございます。それで卒業前の夏休みというのは進路を決める大事な時期じゃないですか。それでいて、実際の受験まではまだ余裕があります」
「確かに受験の時はせっつかれたもんだけど……やっぱ夏は遊んでたっすね」
　陽太の言葉に苦笑し、先生は続ける。
「なので、進路を決める時にちょうどいい時期なんです。交流のイベントが開かれて、お互い少し早い時期から面識などができてくれば、進学した時も気兼ねなく過ごせるという配慮だったのでしょうね」
「なるほど。それで肝試しのパートナーになったのが……」
「ええ。神無月先輩だったんです」



『神無月朱美、よろしくね。あ、上は長いから名前で呼んでいいから。そっちは？』

　先生と会った時の言葉が、それだったらしい。
　そして自己紹介終えてすぐに。

『天野深弥ね。じゃあみゃーちゃんだね。よろしくねー』

　まさしく、あの先生ならさもありなんだ。
「大人しい子が多い中で、いきなりそんな事を言われましたから、最初は何なんだろうこの人。なんて思ったんですよ」
　先生たちの学生時代の話は、目に浮かぶようだ。
　今の関係とあまり変わらなかったのだろうと想像できる。
「それで肝試しから少しずつ話すようになっていって、結局今も続いていますね」
「なんだか当然の関係のような、不思議な縁のような……」
「どうでしょうね。案外人との出会いなんてこんなものなのかもしれませんね」
「まったくです」
　真っ先に莉都が頷いている。
　……まあ、確かに俺たちの出会いも単なる偶然であり、その後も何か一つ違えば友達になることすらなく終わっていた。
「運がいい話というと、やはり学生時代の出会いになりますね」
　と、先生が締めくくる。
　そこでようやく、話の発端を思い出した。
「ああ！　まだ続いてたんですか。あの話題」
「さすがに一万円で宝くじを買って同額当たったではあんまりですから……」
「でもでも、まだ不思議なんですが、先生たちの頃に教師を目指すのが不思議ではなかったって……他にもなにかあったんですよね」
「はい。それはもう」
「へー、じゃあそれが先生や神無月先生が教師になったきっかけなんですか。聞いてもいいですか？」
「ええと……その……」
　少し迷い、困ったように笑った。
「すみません。当時おられた先生がとても良い方でしたので、それに影響されたというだけなんです。ですので、直接のきっかけというよりも、３年間お世話になった集大成みたいな感じですね」
「なぁんだ。そうなんですか……今はもういない先生なんですよね」
「はい。残念ながら」
　そこで会話はお開きになる。
　後は雑談しながら、夕食も終わりを迎えた。


	§


　夜になった。なんとなくぼーっとしていて風呂に入りそびれたが、今日は下の大浴場が使えるはずだ。
　となれば部屋のシャワーで済ませるのも味気ない。そう思うと準備も手早く下に降りた。
　月光館の名を表す、天井より降り注ぐ月の光。
　それを全身に浴びるように、髪の長い女性がたたずんでいる。
　それはここにきた最初の日。莉都との出来事を連想させた。
「莉都……？　じゃないか。先生どうしたんですか？」
「あら？　倉上くんこそ」
「俺はちょっと風呂に入ろうかと……なんだかシャワーだけじゃ物足りなくて」
「ここのお風呂広いですしね。温泉みたいです」
「確かにそうですね」
　そのまま素通りするのも気がひけたので、なんとなくさっきの話の続きを聞いてみることにした。
「先生がお世話になった先生……と、これじゃややこしいな。恩師の方って、転勤されちゃったんですか？」
「……いえ、少し違います。ただ……そうですね。なんというか亡くなられてしまって」
「……そうなんですか」
「ええ、生徒会長の名凪さんのご家族の方で、学園で教師をしていました」
「あ……」
　それでさっきは話を打ち切ったのか。
　莉都と会長は仲が悪い。とはいえどちらも分別を付ける人間だから話題に出しても問題ないだろうけど、だからこそどちらか片方の前で、もう一方について深く語るのは気が引けてしまう雰囲気がある。
「先の肝試しなどのイベントも、先生が考えられたとかで……お世話になった頃に、よく言われてました」
「なんて言ったか聞いてもいいですか？」
「ええ……ここは勉強をする所だが、勉強とは教科書の中身をなぞることだけじゃない。同年代の子が多く集う場所の有難みは卒業しないとわからない。そして、こんな事を今の君たちに言っても理解してもらえない事も分かっている」
「なんというか……」
「あけすけな言い回しは、会長さんに通じる部分がありますね」
「ですよね」
「その続きが……だから、理解はしないでいい。ただ覚えておいて欲しい。君たちは大勢の中の一人だが、それは一人一人が居て初めて大勢になっているのだという事を。人と出会うというのはとても面白い。自分でその場を狭めず、いろんな事にチャレンジして欲しい」
「いい事をいいますね」
「そう思います？」
「ええ、とても」
　人と人の縁。
　一人ずつを通し、多くの人とつながっていく。
　そうやって形成された縁を広げていくこと。わずかずつでも幸運を得ていくのが、俺たちの目的だ。
　だから、見も知らない先生の、ともすれば綺麗事にすぎない言葉が驚くほど胸に落ちた。
「その後に聞きました。どうして先生になったんですかと。私には不思議だったんです。生徒が一人ずつの繋がりを広げていくといってましたが、ですがそれを言われた先生は一人で多数の生徒に向き合っているわけですから」
　先生が相手をするのは、まさしくその多数だ。
　ならそれは孤独な仕事にも思える。
「そうしたら楽しそうに笑われて、言いました。だから教師は面白い、と。教室で顔を合わせ、大勢の群れで顔も名前も一致しなかった生徒が、徐々にクラス全員という大勢から個へと変わっていく。個性を発揮し、群れの中の一人から名前を持った一個の人間へと関係が変化していく。そして、その個は時間とともに成長し、変化し、教師の予想など超えて驚くような事をする者まで現れていく。そんな出会いが毎年訪れるのだと」
「はぁ……」
「それをあまりにも楽しそうに言うので、教師って楽しい仕事なんだなと漠然と思ってしまいました。……実際は、覚えることや勉強ばっかりで、学生時代よりも宿題に悩まされてるのですけどね」
　最後は少しいたずらっぽく笑った。
　普段の先生と違い、個としての天野深弥が見えた……と思うのは俺の勘違いだろうか。
「じゃあ、俺の転校とかも新たな個との出会いなわけですか」
「ええ。学生時代に肝試しをした、月光館に住んでいるのもね。とても新しい発見です」

　お互いに顔を見あわせ、くすりと笑う。
　そんな俺たちを、月明かりが照らしていた。