御奈神駅のホームに降りたって、最初にしたのは身をすくめる事だった。
「さ、さみぃ……っ」
　天気予報だと晴れ。
　東京と同じだったはずなのに、妙に寒くて体の奥まで冷気がしみ込んでくる。
　秋にも訪れているのに、俺の中で御奈神村はずっと夏のイメージがあった。
　山から吹きおろす風とそれに乗る蝉の声。
　頬を伝う汗が地面に零れ、焼けたアスファルトの上で蒸発していく。
　そんな見慣れた光景も、今は冬の寒さにとって代わっている。
　吹きおろす風はそのままに、山の上の方に積もった雪の冷気が乗って凍りつく程に熱を奪う。
　頬には寒さでひきつった笑みしか出ず、こちらは肌が凍りついて固まりそうだ。
「早くいこ……」
　夏とは違った意味で歩いて行く事は出来ないだろう。
　大人しくバスを待つ事にした。
　駅から出てガタガタと震えながらバス亭で待つこと２０分。
　やっと着たバスの中はまるで天国のようで、乗り込んだ人達の顔が一斉にほころんだのは、俺の見間違いじゃないだろう。
　長引いていた大学のサークルもやっと区切りになり、俺が御奈神村に入ったのは大晦日になってからだった。
　年越しを岩永家で過ごそうというのは以前から約束していた話なのだが、親父は仕事先の忘年会があるので、新年明けにやってくるらしい。
　俺も大学の都合があったので、冬休みに入ってから距離の近いさくやが先に行き、俺と親父は後から来る形になっていた。
「はぁぁ……生き返る……」
　暖かめられたバスの空気にかじかんだ手を温めながら、ふと広告を見ると、そこには見慣れた幼馴染の写真があった。
『初詣は春日神社で』
　そんなキャッチコピーと共に、巫女服のいろはが破魔矢を手にして微笑んでいる。
　背が高くスタイルのいいモデル体形というのもあってえらく様になっているのはさすがというべきか。
　しかし写真慣れしてないらしく、頬の辺りが若干強ばってるのも、営業スマイルとは違った良い意味の素人っぽさを出しているのも現地の巫女さんっぽさがあっていい感じだ。
　横に小さく添えられた『神楽舞手　春日いろは』という肩書きも現地の想像を掻き立てる。
　誰の発案か知らないが、いい宣伝になってるんじゃないか？
　バスの中はそれなりに混んでおり、歩みも遅い。
　前後を挟んだ車も目的地は同じなのだろう。
　こうして春日神社を訪れた車は学校の校庭などに作られた臨時の駐車場に向かい……と頭の中で思わず車の導線を作ってしまう。
　この説明を受けたのは今から一年半くらい前。
　御奈神村に帰るきっかけになった、皐月さんからのバイトの話だ。
　あの時の春日神社の人手不足は相当なものだった。
　今はもう解消されているんだろうか……？
　バスを降りる。
　閑静な田舎道は通る車と人でなかなかの賑わいになっていた。
「いらっしゃい、孝介くん。寒かったでしょう」
　岩永家に着くと皐月さんが出迎えてくれた。
　エプロンをつけて、何か作業の途中で出てきた様子だ。
「お世話になります。何か手伝う事ありますか？」
「ありがとう。でもこっちは大丈夫。年越し蕎麦の準備をしていただけだから、もうすぐ終わるわ」
「そっか……注文や出前じゃないんだ」
「東京だとそうなの？」
「ええ、もっとも最近は面倒になって適当な物を食って終わりですけどね。昨年なんてインスタントでしたよ」
「あらあら……義兄さんにちゃんと言っておかないと」
「俺が言ったってのは秘密で。後で親父に睨まれますから」
「ふふ、わかったわ」
　それで一先ず二階の部屋に荷物を置きに行く。
　俺の部屋は以前来た時と作り自体は変わっていなかったが、部屋の隅には新しい掛け布団と電気毛布が置かれ、小さなストーブが追加されていた。
「何から何まですみません……ほんと」
「いいのよ。さすがにこの時期だと部屋を暖めないと寒いものね。それに今後何度も使うものでしょう？」
「……ですね」
　言葉の外の気づかいに感謝する。
　駅では寒さに凍えていたのが、今は暖かい。
「ところで今は皐月さんしかいないんですか？」
「ええ。さくやちゃんは春日神社で、翔子もそれについていってるわ。うちの人もそっちじゃないかしら」
「じゃあ俺もちょっと覗いてきます」
「いってらっしゃい。みんなによろしくね」
　改めて上着を着込んで外に出る。
「はぁ～～……」
　まだ雪は降っていないようだが、時間の問題に思えた。
　御奈神村では年に二度大きな稼ぎ時がある……とは以前に幼馴染のいろはから聞いた話だ。
　夏祭りとお正月という、日本人らしい時節に合わせたイベントの時だけ、この辺りは大きく賑わう。
　正月の神楽がメインだろうけれど、その前にも年越しのお祭りムードが漂っている。
　神社に向かう道路を歩く人の数は近づくごとに増していき、それに伴って露店の数が増えていく。
「焼きそば、たこ焼きにジュースにお茶……甘酒もあるのか。完全にお祭りだな……」
　祭りの活気は、こうして歩いているだけでも楽しいものだ。
　後で皆と合流した時に、祭りに繰り出すのも良いかもしれない。
　そんなこんなで人に揉まれながら神社の石段を登りきると、春日神社の様子もお祭りのムードに染まっていた。
　広い舞台が置かれ、石畳の両脇には露店が並んでいる。
　敷地の端には机が並べられていて参拝者が休憩出来るようになっているが、殆どが酒と露店の食べ物を手にした人達で占領されていた。
「すげぇ人の数だな……」
　夏祭りより混むと言っていた意味が分かった。
　あの時もかなりの賑わいだったが、直前に大きな事件があったと言うのを差し引いても今より人の余裕はあった。
　というより、今回は今までよりずっと多いんじゃないだろうか？
　世間一般で不思議な出来事として扱われている夏の事件は、春日神社の神秘性を広める切っ掛けになったのかもしれない。
「兄さん」
　ふと後ろから聞きなれた声がかけられる。
「そっちから見つけてくれるとは手間が省け……」
　いつものように軽口を叩きながら振り返った言葉が止まる。
　いや、止められる。
「…………どうしたんですか？」
「お前……その格好……」
「だって、お手伝いですから……その、あんまりじろじろ見ないで下さいね……」
　白い胸元を抑えて視線を外す。
　その姿は見慣れた妹で、格好も幼馴染で見慣れていはいたが、この組み合わせは初めてだった。
　白い巫女服に紅の袴をはいている。
　足元は草履で素手のままの手は寒さの為か白くなっている。
　黒髪をまとめるのはいつものリボンではなく、服装に合わせて紅白のカラーになっている。
「さくやって……ほんと巫女服似合うんだな」
「……ありがとうございます。そこまでしみじみ言われると照れてしまいますが」
　通りがかるたびに携帯でさくやを写していく人がいる。
　まあ……これじゃ仕方ないだろう。
「他のみんなは？」
「いろはさんは神楽の準備をされています。私は朱音さんの所で、他のアルバイトの方と準備と社務所のお手伝いを。小父さんは舞台の仕上げと点検をされていて、翔子ちゃんは銀子さんと湖で遊んでましたよ」
「みんな忙しそうだな……暇なのはさくやくらいか」
「……私の話、聞いてましたか？　私も仕事中なのですが」
「お前から話しかけてきたんだろうが。俺も何か手伝おうと思ってきたんだけど、今回は人手足りてそうだな……」
「巫女さんの人手なら全然足りないので募集中だそうですが」
「さすがに遠慮しておく。さくやとお揃いの格好だと恥ずかしいからな」
「え、そっちなんですか……？」
　妹をからかって、神社の中に向かった。
　春日神社の由来は今から８００年前に遡る。
　祀られている神様は、豊田葦高媛命。ここは羽衣伝説が残る土地で、神様はその物語の主役――いわゆる天女だ。
　どこから見ても眉つばの話で、お参りに来ている人達だって、誰一人として信じてはいない。
　神話なんてそんなものだし、日本全国どこの神様だって同じようなものだ。
　ただ、それでも神秘とロマンはあるし、不思議な事も起こったなら、より一層それは深まる。
　神話の裏にあった事実と、今現在まで残っていた想いは俺達だけが知っていればいい事だ。
「すみません。いろは、いますか？」
　通りがかった人を捕まえていろはの場所を尋ねる。
「巫女さん？　何か用か……ん？　なんだ、あんた皆神さんとこの坊主じゃないか」
「ども……年越しで帰ってきました」
「いろはちゃんなら家の方にいってるよ。顔見せてやんな」
「ありがとうございます、いってみます」
　いろはの家の方に向かう途中の街路も、提灯や明かりで飾られている。
　火をつければ足元を照らすような位置に太い蝋燭がずらっと並び湖に続く道を飾っている。
　夜には両脇から暖かい光で照らすのだろう。
　そういえば夏祭りでもそうだったが、この村での祭りは火を多く使う傾向があった。
　何かを燃やすという風習がある祭りは各地にある。
　それは殆どが燃やし、清めるという概念に基づいている。現世の行いや物を不浄として、燃やす事で神様に清めて貰うのだ。
　しかし、春日神社では夏祭りの松明にしろこの蝋燭にしろ『照らす』目的で使われている。
　物語の天女は何も育たなかったこの土地を開拓して人々の生活を導いた、文化と技術の担い手だ。
　彼女が示した光になぞらえているのかもしれない。
「あ、こうちゃんだ」
「おにいちゃーん」
　銀子さんと翔子ちゃんだ。
　足元にはそろそろ成犬くらいの大きさになり、可愛かった毛玉の面影が無くなりつつある狐がいた。
「久しぶり……というのは２か月も経ってないか」
「そんな事ないよ。会えて嬉しいもん」
「……翔子ちゃんは本当にいい子だなぁ……」
「わ、わっ」
　頭を撫でる。
　長く伸ばしたストレートの髪をわしゃわしゃとかきまぜた。
「だっ、だめだったら～、ぐしゃぐしゃになっちゃう」
「今ついたばかり？」
「駅には一時間くらい前かな。思ったより人が多くてちょっと時間掛かりました」
「なんだ、言ってくれれば迎えに行ったのに。それならすぐ着いたのにね」
「…………遠慮しておきます」
　車かバスしかない道が、銀子さんのお迎えで早く着くというのは、どんな移動手段によるものかは考えないでおこう。
「二人はここで遊んでたんですか？」
「違うよー。お仕事だよ」
　翔子ちゃんがごんたの頭を撫でる。
　狐が誇らしげに頭を刷り寄せていた。
「仕事？」
「実は正義の味方なのだ」
「銀子さんがそうなのは昔から知ってましたけど……何かあったんですか？」
「違う違う。何も無いためにやってるの」
「見回りって殆どがそういう抑止力効果のためですけど、でも……このメンツで？」
　銀髪の遠めにはガイジンさんに見える銀子さんと、小さな女の子に狐一匹。
　むしろ変な人がいたらターゲットにされそうな人選だ。
「いやいや、せっかくこうして新年も迎えられるのに怪我したり動物に襲われる人がいたらまた問題になっちゃうでしょ？　だから、こうして見回りしてるの」
「それって……まさか、また山童が？」
「ううん。厳密には違うんだけれど……う～～ん、似たようなものなのかな？」
　その言葉に身構える。
　事件自体は夏で終わったはずだ。
　それなのに、銀子さんが今も警戒してるという事に何か強い意味があるんじゃないかと思ってしまう。
「山童といっても、前のとは違うから同じじゃないの。そこは安心しても大丈夫」
「違う山童ですか？」
「そうだけれどそうじゃなくて……う～ん、なんて言ったらいいかな……山童ってほら、幾つか問題があったけれど、一番はやっぱり人を襲う事でしょう？　でも、普通の動物だってそこは変わらない部分もあるじゃない」
「それはそうですが」
　猪や熊による被害は昔から今も報道されている。
　凶悪な事件も起こった事がある。
「こうちゃんのおかげで、山童に命令を出している核は無くなったから、積極的に襲う事はなくなったんだけれど、全ての羽衣の欠片が回収出来た訳じゃないから」
「そうなんですか……？」
「だってそれだと、この地域全ての動物や植物から回収しないといけなくなるもの。さすがにそれは難しいよ。だから、今もちょっと体の頑丈になって動きが早いくらいの動物は沢山いるの」
「……普通に捕まえようにも、とても死にづらいと」
「そういうことだね」
　山童と呼ばれていた動物は、死体になっても無理矢理に動かされ続けていた。
　死に瀕しても死なない悪夢の具現化のような存在だった。
「だから山童みたいな怪物じゃなくて、普通の山の動物の害なんだけれど、問題になっている部分があるからねー。ここは私がいかないと」
「それは納得ですけれど、翔子ちゃんは？」
「私もお手伝いするもん！　ごんただっているもん」
「無理に回収する必要もないから、ちょっと脅かして山の奥に帰って貰えばいいだけだしね」
「……銀子さんいれば大丈夫か。でもいざとなったら俺も手伝いますから、遠慮なく言って下さいね」
「大丈夫大丈夫。山には入らず、この辺りに近寄ってきたのを追っ払うだけだから」
「あ、そうだ。お兄ちゃんはいろはちゃんにはもう会った？」
「いやこれから会いに行く所」
「それじゃあ早い方がいいよ。着がえする前に行っておかないと」
「それもそうですね、じゃあまた後で」
「いってらっしゃーい」
　二人に手を振っていろはの家に向かった。
　呼び鈴を押して、暫く待つ。
　……誰も出てこない。
　――ピンポーン。
　二度目に押した時、扉の向こうに人の気配があった。
「申し訳ありません。お待たせしてしまって」
　中から出てきたのはいろはではなく、明る目の長い髪をした綺麗な女の人だった。
　さくやと同じ意匠の巫女服を纏った姿は見慣れたものだった。
「あ、孝介さん。いらっしゃい」
「こんにちは。いろはいますか？」
「いろはさんでしたら、中でお昼取ってますよ」
「あ……それじゃ出直してきた方がいいのかな」
「ふふ、そこまで気を使われないで平気ですよ。あがって下さい」
　朱音さんに案内されていろはの家にあがる。
　神社の喧騒と違ってこっちは静かなものだった。
　他の人は出払っているのだろう。
　もしかしたらこれから神楽があるいろはを気遣って、休ませてあげているのかもしれない。
「おー、こーすけー」
　茶碗と箸を手にしたいろはが、こちらに手を振る。
　……無論、箸を握ったままだ。
「食ってからでいいよ。巫女様がはしたない」
「ん～、じゃあちょっと待っててね」
　食べるペースをアップ。
　だから、はしたないと言ってるのに……。
「ふぅ～。ごちそうさまっと。あんた来るの遅かったね～。すっかりさくやちゃんと同じだと思ってたから、一人で来た時はびっくりしたよ」
「大学のサークルの方で色々とあってな。終わってからと大晦日になっちまった」
「ふ～ん。民俗学だっけ。今回はどこ行ったの？」
「京都の辺り。鞍馬山から嵐山回ってきた」
「なんだ観光してるようなもんじゃない」
「大学の連中にも同じような事を言われたけど、それが違うんだって。何が悲しくてすぐ目の前に温泉宿があるのに経費節減で野宿とビジネスホテル使って、そこらにある銭湯に入って来なくちゃいけないんだよ。ゆっくり宿に泊って温泉入って美味い物食いたかったよ」
「でも観光名所は行ったんでしょ？」
「義経が修行してた伝説のあるリアル山奥だの、徒歩で２時間はかかる山の中だの、そんな所ばっかりな」
「……あんまり楽しそうじゃないわね」
「だろ？」
　心底うんざりして言ったのだが、後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい。なんだかいろはさんがすっかり落ちついていて、おかしくなってしまって」
「ちょっ、ちょっと！　何いってるのよ～。あたしは全然緊張してないって」
「え……お前あがってたのか？」
「そんな訳ないでしょ。毎年やってる事なんだから、いつもと同じよ」
「それがそうでもないんですよ。今年は……」
「朱音さんっ」
「ふふ、いいじゃないですか。孝介さんなら知ってますし、それに駅から来る間にきっと見ていますよ」
「見てるって、何が……あ、もしかして、あのポスター？」
「そうです」
「うわ、うわ～～っ」
　真っ赤になって手を振っている。
　もちろん箸を握りしめたままだ。
　どんだけ焦ってるんだ……。
「俺はアレみて、けっこういいなって思いましたけど。いろはってほらモデルみたいな背の高さだし、見た目もそんな悪くないから、宣伝にぴったりだと思った。ああ、後は普通のモデルと違って現地の巫女さんってのはポイント高いんじゃないかな？　この人が神楽やるんだって思ったら、見に行きたくなるだろうし」
「そうですよね！　ほら、いろはさん。やっぱり間違ってなかったですよ」
「やめて、やーめーてー！　恥ずかしいからっ！　死ぬからっ」
　いろははずいぶんアレを気にしているらしい。
「アレってもしかして朱音さんのアイディアなんですか？」
「いえ、違いますよ？」
「というか、本気でこーすけが知らないと思わなかったわよ……」
「じゃあ……さくや？」
「違うわよ。おじさん。あんたのお父さん」
「…………え、マジで？」
「秋にさくやちゃんの学園祭で会ったでしょ？　その時に新年の宣伝はどうするみたいな話になって、もしかしたら雑誌にページ取れるように掛けあってみるって言われて……」
「へー、知らなかったな」
「さすがに大きなページは無理だったみたいだけれど、新年のお祭りやってる所みたいな一覧には載せて貰って。あ、後は簡単な紹介も含めて」
「それでせっかくだから、宣伝ももう少し派手にしましょうと言う事で、あんなポスターを作ったんですよ」
「親父……そんな事をしてたのか……」
「なんでアンタが知らないのよ……」
「俺に仕事の話なんかしないからなぁ」
「そのおかげかどうか分かりませんが、少なくともいろはさんのポスターがあちこちに貼られる事になったのは間違いないです。それでいろはさん、神楽を見られる事に緊張してしまって」
「だーかーらー！　そういう事は言わないでいいのっ！」
「先ほどまで自分で緊張していると言われていたじゃないですか」
「それはそうだけどぉ。でも、こーすけに改めて言わないでいいの！」
「いろはさんってとても可愛い方ですよね。そう思いませんか？」
「俺としては何とも……。意外だったのがいろはでもそうやって緊張するんだって事ぐらいで」
「何よ。あたしがあがったらおかしい？」
「おかしくはないんだけど、巫女だしいろはだし、見られ慣れてるイメージあった」
「……巫女は珍獣じゃないわよ……」
「……まあ、たまにこのお仕事をしていると、そう思う時もありますけれどね」
　だろうなぁ。
　さっきさくやも写真撮られていたし。
「あ、そういやさくやに巫女服着せたのいろはだろ」
「似合ってたでしょ～。これで当日の売り上げ間違いなし！」
「神社の列なんて並びすぎてて先頭なんかみえねぇよ」
「そうなんだけど、ほらふらっと立ち寄った人が買って行くかもしれないじゃない？　それとも、さくやちゃんが見られると嫌？」
「……別にそういう訳じゃないけど」
「あはは、こーすけもかわいい～」
「だからなぁ……」
　……何を言っても伝わるまい。
「それで、何か仕事あるのか？　せっかくなんで俺も手伝うぞ。銀子さんや翔子ちゃんまで手伝いしてるみたいだし」
「ほんと？　それは助かるわね。じゃあ岩永のおじさん手伝ってきてよ。男手あると助かるだろうし」
「わかった。舞台の方だな」
「それでは私もさくやさん達の所に戻ります。いろはさん、後３時間くらいはゆっくり出来ると思います」
「色々と気をつかって貰ってごめんね」
「いいんですよ。それではまた」
　朱音さんと共にいろはの家を出る。
　外に出ると暖かい室内との差に思わず身震いした。
「やっぱり外は寒いですね」
「というか巫女服って寒そうですよね。さくやも手を冷たそうに擦ってましたよ」
「手と顔はやはり寒いですね。こちらは表に出していないといけないので。それ以外は暖かいんですよ」
「え、そうなんですか？」
「はい。着物なのでどれだけインナーを重ねても白衣があって目立ちませんから。この足袋の下にも二重に履いたり熱を通さないような素材の物を使ったりと工夫があるんです」
「巫女さんといっても現代的なんですね……」
「とはいえ、長袖を着る訳にもいかずマフラーも巻けないので、やはり手と顔はどうしても冷たくなってしまいますね」
「大変だ……」
「そんな訳なので、少々急ぎましょうか。さくやさんにも休憩をとって頂かないと」
　急ぎ足で境内に戻る。
　遠目に見えるさくやは寒そうな様子などなく、背をピンと延ばして黙々と仕事に励んでいる。
　人が多いので普段のいろはや朱音さんのように、掃き掃除をしている訳じゃない。
　今は甘酒を配るテントの下で柄杓を片手に来る人達の対応をしている。
　長い袖を反対の手で押さえる姿も、なかなか堂に入っていた。
「さくやさん、巫女服似合いますよね」
「……ですね。我が妹ながら」
　近づくと俺達に気づいたみたいで、ちらりと視線を飛ばしてくる。
　それでも見たのはあくまで一瞬。
　顔は前を向いたまま、来る人達の対応をしていた。
「交代します。休憩してきて下さい」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺もここで。舞台の方にいってきます」
「あ、兄さん……」
「ん？」
「……いえ、何でも。お仕事頑張って下さい」
「お前もな」
　言って、さくやの手を取った。
「あ」
　掴んだ手は氷のようで、硬く強ばっている。
「兄さんの手、熱いですね」
「お前が冷たいんだよ。どっかで温まってこい」
「そうさせて頂きます。あ、そうそう兄さん」
「ん？」
「せっかくですので、駆けつけ一杯にどうですか？」
　そう言って振りかえった先には販売所の後ろのポットと急須があった。
　舞台の設営を夕方まで手伝い、一区切りついた。
　手伝いといっても舞台の設置や構築なんかは事前に終わっている。
　俺がやったことと言えばいろはが舞台に上がるにあたって、足元に怪我するようなささくれが出来てないかを調べていったり、装飾の布やかがり火を用意するくらいのものだ。
　舞台から降りると皐月さんが来ていた。
「おつかれさま。ついたばかりなのに大変だったわね」
「そう大したことはしてないですよ。さくやの方がずっと……アイツ手なんかすごく冷たくなってましたから」
「裏方の男の人は軍手はめているけれど、巫女さんとなると素手だものね。会ったら私も温めてあげないと」
　という事は、皐月さんはまだ会ってないのか。
「さくやの巫女姿ってもう見ました？」
「私は昨日のうちに。着付けの手伝いに来ていたから」
「あ、そうなんですか」
「翔子が着たい着たいっていってね。もういつまでも子供なんだから……」
「翔子ちゃんの巫女姿も見てみたいですね。きっと可愛いですよ」
「ふふ。いろはちゃんと言ってる事おんなじ。昔の服を出してくれたんだけれど、さすがにちょっと傷んでいてね。今クリーニングに出しているから、新年明けには見られるんじゃないかしら」
「それは楽しみですね」
　さて、さくやのヤツは……。
　先ほど別れた所に戻ってきたが、さくやの姿はない。
　休憩に行ったのが俺と入れ違いだから、もう仕事に戻っている時間だ。
「さくやちゃん居ないわね。別の所かしら」
「ちょっと探しにいってきましょうか」
「ううん。忙しそうだからいいわよ。落ちついた事に会えると思うし。あ、そうそう。それで孝介くんにもなんだけれど、ご町内の人達と差し入れを作ってきたの。社務所に届けてあるから良かったら食べてね」
「ありがとうございます。じゃあ頂いてこようかな。さくやもそっちにいってるかもしれないし」
「そうかもしれないわね」
　旦那さんを待ってる皐月さんを残し、社務所に向かう。
　日が暮れて、境内のあちこちに置かれたかがり火が焚かれている。
　ぱちぱちとはぜる木の音と火の熱が、冬の寒さを遠ざけてくれたようで、先ほどよりも暖かく感じた。
「すみません。皆神ですが、妹いますか？」
　一声かけて社務所に入ると、そこには朱音さんの他に見慣れた姿があった。
「さくやちゃん？　こっちにはまだ着てないわよ。沙智子ちゃん会った？」
「先生も一緒にいたでしょ。知らないわよ。……あ、これ。どうぞ」
「ありがとう」
　沙智子ちゃんからペットボトルを渡される。
　温められるタイプのミニボトルだ。
「これはタカミ商店から」
「へー。なんか地域一体って感じがするな」
「なによ、馬鹿にしてんの？」
「そうじゃないわよ。孝介くんは普段東京に住んでるから、こういう地元のお祭りが珍しいだけ」
「ふぅん」
「あちらでも地元のお祭りというのはありますが、住む人が多いからか、参加する人もばらけているみたいですね」
「朱音さんずいぶん詳しいのね。こっちの人なのに」
「大学時代に住んでいた所の商店街が、夏と冬にお祭りを開いていたんですよ。ですが、出店できるのは商店街の方のみに絞っていましたので……こっちにきてから、人数が多すぎても大変になるというのを学びました」
「この差し入れにしても、人が多ければそれだけ用意しなくちゃいけない訳だからなぁ……」
「そうよ。だから感謝してよね」
「えらいえらい」
「わたしじゃなくてっ！」
　沙智子ちゃんの反応は素直で面白い。
　この点、常にボケに走るうちの妹も見習って欲しいと思う。
「そういえばさくやちゃんを探してるのよね。私はまだ会ってないけれど、朱音さんは知ってる？」
「あ、先ほど休憩から上がられた後に、いろはさんのお手伝いをお願いしました。神楽用の服に着替えているのですが、その着付けの補佐と一度着てしまうとなかなか動けないので、その間の雑務などを」
「腹が減ったからといって、主役が気軽に食い物を取りに来る訳にもいかないですからね」
「ふふ、そうですね」
　いろはならやってしまいそうではあるが。
　……もちろん、普段の気さくなイメージからの連想だ。同時に神社を大事にしていて時と場合をわきまえているから、アイツは絶対にやらないだろう。
　それ所か自分の出番が終わるまで我慢し続けるタイプだ。
「じゃあいろはの所か……。あ、二人の分のお茶とお弁当貰っていっていいですか」
「もちろんです。銀子さんと翔子ちゃんに会いましたら、こちらに来るように伝えて下さい」
「これ使いなさいよ」
「タオル？」
「巻いて行けば冷めないでしょ」
「ありがとう。使わせて貰うよ」
「さくやちゃん？　そっちに行ってないの？」
　いろはの所に弁当とお茶を届けて、最初に言われたのがそれだった。
「え……ここじゃないのか？　朱音さんがこっちの仕事頼んだって言ってたけど」
「うん。それでさっきまで来ていたんだけれど、あたしの方って時間までやる事ないじゃない？　神楽用の衣装で歩きまわる訳にもいかないし」
「だろうな」
「それで何時間もただ居て貰うだけっていうのも悪いから、外で暇潰してきていいよって言ったんだ」
「それきり戻ってきてないのか……」
「いやー、でも助かったよ。お腹ぺこぺこだったから。あ、そこに掛けてあるエプロンとって」
「ほれ」
「さすがにこの服に染みつけたり、こぼす訳にもいかないからね。……あー、美味しいー」
「来た時にも食ってたような気もするが」
「細かい事言わないでよ。これからすっごく体力使うんだから」
「しっかし……それでさくやが戻って来ないってなんか気になるな。迷子になってる訳じゃないよな……？」
「この神社の敷地内だものね。案外、迷子の子供のお母さんを探していたりしてね」
「ありそうだけど、それなら社務所連れてくだろ」
「それもそっか。どちらにしろ心配だから、あんた探してきてよ」
「言われなくても。ちなみに、お前の方は平気なのか？」
「だいじょーぶだいじょーぶ。慣れてるし、神楽の前にはおばあちゃんやお手伝いさんも来るから」
　それなら放っておいても平気か……。
　一先ず、これまで行ってない所探してみよう。
　いろはの家を出て、次は湖に向かう。
　来た時の順路を逆に辿っているのが妙におかしくもあった。
「さくやちゃん？　来てないよ」
「うん、見なかった」
「あ、でも私たち少し山の方いってたから、その間に来たのかも……」
「山に？」
「なんか近づいてくる子がいたから、こっちはダメだよって帰って貰った」
「ぎんお姉ちゃんすごかったよ～。どかーんってびっくりした」
「えへへ～。皆には内緒だよ」
「うんっ」
　……一体何があったんだろう。
　というか、何がいたんだろう。
「動物にも好奇心あるからね。人がたくさんいる時って一目散に逃げるか寄ってくるかどっちかだから」
「それは良いんですが、一体何が……」
「そこはほら、乙女の秘密ということで」
　まあ……深くは聞くまい。
「じゃあ二人ともさくやに会ってないのか」
「うん」
「探してみようか？」
「う～～ん。単に行き違いになってるだけの気もするので後からお願いするかもしれません」
「分かったよ。その時は言ってね」
「あ、そうそう。皐月さんが差し入れ持ってきたので社務所にお弁当取りに来て下さいって。沙智子ちゃんが暖かいお茶持ってきてくれてた」
「本当？　すごく嬉しいよ。いこうか」
「うんっ」
　境内に向かって、二人と一匹が歩いて……。
「ってお前はダメだろ！」
　当然の顔をしてついてくごんたを引きとめる。
　……獣のくせに、悲しそうな顔をしていた。
「ん……」
　さくやが目を覚ました時、周囲は闇に包まれていた。
「いたた……」
　頭と背中が痛む。
　自分が何故ここにいるのか思い出せない。
「………………」
　最初に想像したのは誘拐だった。
　意識をなくして、見知らぬ所に連れてこられる。
　それほど、直前の記憶と現在の認識に大きな断絶があった。
「あの、誰かいませんか？」
　…………………………。
　返事はない。
　辺りには誰の気配もなく、自分が攫われた訳ではないらしいと当たりをつける。
「ここは……？」
　その時になって体が痛いだけではなく、動かない事に気がついた。
「……ん、と……」
　身をよじるのが精いっぱいで、体が思うように動かせない。
　痛みが引いてくると、何かに圧し掛かられているような圧迫感があった。
「……？」
　手で押すと硬い木の感触が返ってくる。
　どうやら何かの下敷きになっているらしい。
「んん……しょ……っ」
　何とか顔の上にあるものを押しのけると、頭上の遥か上に格子の入った小さな窓が見えた。
　そこから差し込む光がオレンジに染まっている。
　さくやの記憶にある色から、変化していた。
「そういえば……」
　それで今自分がどこにいるのか分かった。
　ここは春日神社の蔵の中で、神楽の飾りの予備を取りに来た。
　ダンボールの箱を外に持っていき、蔵の鍵をかけようとした所で、中に置かれているものに気づいた。
　それは古い大きな木像だ。
　手入れはされているようで、埃は積もってない。
　この蔵自体が定期的に手入れをされているようで、綺麗だった。
「確か……」
　首を大きく曲げる。
　先ほど見た所に、その像はあった。
「やっぱり」
　それは長い髪と膨らんだ胸元。
　そして大きな衣をまとった女性の像だった。
　この神社で祀られているのは天女だ。しかし、それは明らかに仏像をイメージさせるもので、その違和感で思わず近づき、積まれていた木板を倒してしまった。
　ただの板とはいえ祭りの櫓や神楽の舞台を組むのに使われていたのだろう。
　幸い怪我はないようだが、さくやの力ではどかせそうになかった。
「……どうしましょう」
　胸元を探るが携帯は置いてきてある。
「すみませーんっ。どなたかいませんかっ！」
　声を張り上げてはみたものの、厚い土壁の外にまで届くと思えなかった。
　今日は大晦日でお祭りの最中だ。
　声はより大きな音に消されて届かないだろう。
「…………はぁ……」
　吐く息だけが白い靄になって瞬間漂う。
　神楽が終われば荷物を片づけに来るはずだ。
　そうなれば発見されるだろうけれど……。
「…………」
　ぶるりと、寒さで身ぶるいする。
　冬の冷気を受け続けた床は冷たく、背中の辺りから熱が逃げていくのを感じる。
　密閉されているだけあって風が無いのが救いだが、もし外ならばとっくに助けられているのだから、これは運がないと言うべきだろう。
「困りました……」
　兄ならば自分を見つけてくれると信じたい……が、どんな状況ならばここまで辿り着くのだろう？
　さくやは本来ならいろはの所にいる事になっている。
　外に出るついでに所用をこなし、甘酒を持っていろはの所に戻るつもりだった。
　蔵から出て、再び蔵に戻るとは誰も思っていないだろう。
「困りました」
　差し込む陽がどんどん暗くなっていく中、さくやは再び呟いた。
　ひとしきり神社の境内を探す。
　人ごみをかき分けなくても、巫女服は目立つ。
　しかし、そのどこにも妹の姿はなかった。
「……マジでいないぞ……」
　胸の奥に嫌な予感が沸き上がる。
　それは今から４ヵ月前の事。俺はさくやを失いかけた。
　傷だらけになりながら呼びかけ、この手に取り戻した。
　もう失わない。守り続けると誓ったはずなのに、今こうして俺の届かない場所に……。
「…………落ちつけ」
　胸に手をあてゆっくりと呼吸をする。
　こんな簡単に焦ってどうする。
　慌ててはダメだ。そうなったら見つかるものも見つからなくなる。
　そしてこんな時に一人で焦るよりも、誰かの手を借りる方がいい。
「さくやちゃんが見つからない？」
「そうなんですよ……敷地内はどこも探したんですけれど、どうしても見つからなくて」
「おうちに帰ったり、何か取りに行ったのかな？」
「それなら安心だけれど、あのさくやが誰にも何も言わずに外に出るか？　と思うと……」
「あ、そうだよね」
「何も無いといいんですが、なんか嫌な予感がしてしまって。さくやを見つけられませんか？」
「う～ん……もちろん探してみるつもりだけれど、そう簡単にはいかないよ。目印つけておけばよかった」
「あ、そうだ！　ごんたっ」
　翔子ちゃんに名前を呼ばれ、狐が顔をあげる。
「さくやちゃんの匂いを辿って見つけて！」
「……いや、無理でしょ。犬じゃなくて狐だし。それに訓練してない……」
　言うが早いか、ごんたが走り出す。
「え、マジで」
「今は追い掛けよう」
　ごんたの後を追って銀子さんが走り出す。
　俺と翔子ちゃんもそれに続いた。
　そして短い距離を走り抜け……止まった所はいろはの家の前だった。
「そこから来たんだよ！　そこに居ないのは知ってるよ。なんで一仕事したみたいな顔してんだよっ」
「おにいちゃん、ごんた責めちゃダメだよ」
「ごめん、つい……」
　狐はどこかしょげた雰囲気を漂わせている。
「孝介くんが神社を一通り回ったなら、人のいる所にさくやちゃんはいないっていう事だよね」
「入れ違いの可能性もありますが……」
「いや、それは無いよ。だってここも社務所も、どこにだって知り合いはいるし、会ったならさくやちゃんにこうちゃんが探してた事を言わないはずがないもん」
「となると、人の居ない所に？」
「そうなるね」
　この辺りで人のいない、連絡の着かない所……。
　そう聞いて、思わず山の方を振り返る。
　今から一年以上前、俺とさくやはあの中で遭難しかけた事があった。
　複数の山童に追いたてられた思い出したくない出来事だが、断片的な情報からその時の事を連想してしまう。
「山は……無いと思うけれど、いくならそっちは私が担当するよ。翔子ちゃんと二人で神社を探して。見落としはあると思うから」
「うん、わかった」
「すみません。お願いします」
「頼れるお姉さんにどーんと甘えちゃいなさいっ」
「じゃあ行こう」
「うん」
　翔子ちゃんと境内に向けて走り出す。
「ちょっとまった！　ごんたはこっち。人が大勢いる所に行かせる訳にはいかないでしょ」
　着いて来ようとしたごんたが掴まっていた。
「ぎんお姉ちゃんの言う事ちゃんと聞いてね」
　狐だから明確に表情が出る訳じゃないが……。
　ますますへこんだ雰囲気になっているのは、俺の気のせいじゃないだろうな……。
「さくやちゃん大丈夫だといいね」
「……きっと平気だよ。あいつけっこう頑丈だから」
「そろそろダメかもしれません……お母さん、お父さん、兄さん……先立つ不孝をお許しください……」
　悲哀に満ちた声が、空気に溶けて消えていく。
　やがて呼吸が小さくなり、小さな溜息を一つ残して静寂に包まれる……。
「……ツッコミがないと寂しいです」
　同じ所に留まる事に、さくやは飽きていた。
　助けを呼んでも体力を使うだけだし、何とか物を動かしてある程度のスペースは確保出来ていた。
　しかし、腰のあたりを挟まれた木材は倒れた拍子に重なってしまったらしく、これは一人では動かせない。
　下手に動かして潰される危険性があったので、大人しく助けを待つ事にしていた。
　……しかし、時間が経つにつれてやる事がなく時計もないまま時が過ぎるのを待つのは酷く精神を消耗する。
　それで先ほどから何か暇つぶしは無いかと探すようになっていた。
「教科書の一冊でもあればいいのに……」
　本来ならアルバイトをしている暇などない身の上だ。
　センター試験を控え、その後は大学の入試がある。
　それでも連日勉強ばかりでは息が詰まる。
　年末年始くらいは息抜きをしようと思った矢先にこうなっている。
　――何かに憑かれているのかもしれない。
　と、考えて、それがあまり洒落になっていない事にさくやは内心で溜息をついた。
　自分の憑き物は落ちた。
　兄が、落としてくれた。
　そのはずなのだが……たまにふと思い出す事がある。
　自分と名を同じくする遠い祖先の記憶の事を。
　このように暗い空間に閉じ込められて、無限に続く程の苦痛を味わった、彼女の記憶を。
　夜中に目が覚めた事も一度や二度ではない。
　自分の物ではないリアリティを持った記憶は、その出所が分かっていてもなお、心を打つ。
　兄――孝介はさくやを解放する時に体に傷を負った。
　さくや自身は、記憶や想いを同調させた事で、心に『彼女』の事が強く残っている。
　それは自分たち兄妹が得た傷であり、痛みであり、そして祝福だった。
　御奈神村に根付いてた一つの物語に終止符を打ち、万能の神の力を否定して共に歩み始めた最初の日だ。
　だからさくやは自らの記憶を恐れていない。
　蘇る恐怖に目覚める日があっても、それを引きずらない……これまでは。
　それは離れていたとしても一人ではないという安心感があった。
　しかし、今はどうだろうか。
　こうして蔵の中で一人身を横たえ、いつ来るとも知れない救助を待っている。
　自分が不在の間に誰かに掛けている心配や、探しているかもしれない誰かの労力を思うと心苦しくなる。
「……はぁ……」
　早く来て欲しいと思いながらも、このまま消えてしまいたい気持ちの二つが沸いてくる。
　――ドンッ、ドンッ、ドン！
「誰かいるか！？　さくや！」
　蔵の門が激しく叩かれた。
　反対側から聞こえる声は、まぎれもなくさくやが待ち望んでいたもの。
「え……」
「居ないのか！？　おい、さくやっ」
「い……います！　中にいますっ」
　信じられない思いで外に向かって叫ぶ。
「よかった、こんな所にいたのか……鍵掛かってて閉じ込められてるのか？」
「いえ、それが……」
「まあいい、開けるぞ」
　扉に僅かに隙間ができる。
　１０センチほど開いて、重い音と共に止まった。
「なんかそっちに挟まってないか？」
「すみません、暗くて私の所からでは……物を倒してしまったので、そのせいかもしれません」
「そっか……わかった。ちょっと待ってろ。すぐ戻ってくるから」
「はい」
　扉の反対から気配が消える。
「…………」
　その隙間にむかって、さくやは思わず手を伸ばしかけた。
　――行かないで欲しい。
　――もう少しそこに居て欲しい。
　思わず出しかけた言葉を飲みこんだ。
　助けに来てくれた。今はそれで十分。
　これから後何分、あるいは何時間かかるか分からないが、そこの扉を開けて直接会えるまで、僅かな時間を待つだけ……。
　――ガンッ！
「――っ！」
　驚きに、身がすくんだ。
　――ガンッ！
　音は頭上から聞こえてくる。
　――ガンッッ！
　ひときわ大きな音と共に、上の格子が外れる。
「さくや、どこだ？」
「こ、ここです、が……」
「なんだそこか。ちょっと待ってろ」
　上から何かが降りてくる。
　数分も待つ事なく、ロープを伝って目の前に降りてきたのは、まぎれもなく待ち望んだ人だった。
「居なくなったと思ったらこんな所で……あんま心配させるなよな」
「……申し訳ありません……」
「いいって。ちょっと待ってろ」
　後はもう簡単だった。
　テキパキとさくやの上に積まれた箱や木材をどけて、扉の開閉部分に食い込んでいる物を外し、手を差し伸べる
「立てるか？」
「多分……そこまで強い痛みはありませんから」
「外に出たら怪我も観て貰おう。美里さんなら生傷にも慣れてるだろうし」
「はい……」
「仕方ないとはいえ、ずいぶん元気ないな」
「あ、えっと……すみません。ちょっとぼうっとしていまして」
「それは無理もないだろ。こんな所に居たんだから」
「いえ、そうではなくて、ですね……えっと、こういう場合に何をすればいいのか分からなくて。あ、感謝はもちろんしているのですが、兄さんの手際の良さに呆れと感謝が入り混じっておかしな気持ちに」
「……落ちつけ」
「あ、はい。落ちつきます」
　何度か大きく深呼吸をする。
　そうして胸の奥に溜まった嫌な想像も記憶も、全て吐き出すようにすると、少しずつ落ち着いてきた。
「今、すごくしたい事があるんですが、やってもいいですか？」
「別に構わないけど――」
　その先は、言わせなかった。
　さくやは全身で兄に抱きつくと、その唇に自らのを重ね合わせた。
「新年明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。さくやちゃん、昨日は大変だったわね」
　元旦の早朝、さくやが皐月さんに向けて深々と頭を下げている。
　結局、昨日は大変だった。
　……さくやを見つけるのもそうだが、神楽の前に心配させてはいけないと、いろはに伝えなかった事でとてつもない不機嫌になられてしまい、その怒りを鎮めるのが大変だった。
　まあ、それも我が妹への心配と仲の良さによるものだから、こちらとしても申し訳ない気持ちと感謝しかないのだが。
「それで今日も巫女さんするの？」
「そのつもりです。昨日は途中で投げ出す形になってしまいましたし、幸い軽い打ち身くらいで怪我もありませんでしたから」
「今日は俺がついてますよ。何かあったらすぐ連れて帰ってくるんで」
「そう……わかったわ。私も後からお参りがてら様子を見に行くから」
　ちらりと階段の方をみやる。
　翔子ちゃんはまだ起きてこない。
　昨日はさくやを探して貰って、それで日付が変わるまで一緒にテレビを見ていた。
　起きてくるのは昼ごろになるだろう。
「では行って参ります。本当に昨日は……」
「いいの、無事だったんだから。それに今日から新年が始まるのよ？　旧年中の事は水に流して、新しい一年を楽しみましょう」
「……はいっ」
　さくやと共に神社に向かう。
　元旦の早朝だけあってか、歩いている人は殆どいない。
　そして、その数少ない人も歩く方向がきっちり二方向に別れてる。
　すなわち春日神社に行くか、神社から帰るかだ。
　神社で年越しをした後に近くのお寺に鐘を突きに行くのが地元の大人の定番らしい。
　俺達のような年だと、まだそこまで飲んで騒いでとは行かないので、朝になってから神社に出直す参拝組になるわけだ。
「足大丈夫か？」
「はい、平気です」
「そっか」
　実際さくやの歩調は普段より少し遅い物の、特におかしな調子ではなかった。
　神社に着いて更衣室前までさくやを送る。
　入れ違いに出てきたいろはは、早速憮然とした顔をしていた。
「ほんっとにさ～。ありえないと思わない？　なんだってわたしだけ除け者にするのよ」
「……今日もそれか」
「それだけ心配したって事よ」
「本当に申し訳ありません。いろはさんにはご迷惑を……」
　話が聞こえたのだろう。
　さくやの声が聞こえてきた。
「あ、さくやちゃんはいいの。大体うちのせいなんだから。そんなんで崩れるなら地震がきたら危ないからね。どちらにしても崩れるものだったんだから、巻きこんださくやちゃんは、一方的な被害者なの」
「ですが、せめてお片づけくらいはさせて下さい」
「そこまで気にしないでいいんだけれど……」
「片付けは俺がしとくよ。でもさくやなんであんな所に居たんだ？」
「それはですね、少々気になる物がありまして」
　いろはとさくやと共に、蔵に戻ってきた。
　日光の下で見る蔵の中は雑然としていて、昨夜の被害の大きさを物語っていた。
「これ、割れ物なんかは無いよな？」
「あってもこんな所に押し込んでるだけなんだから、割れたって別に構わないわよ」
「年代物や名品とか……」
「そんなの把握してたら、こんな物置じゃなくて後生大事に仕舞っとくわよ」
　さっぱりとした返事だ。
　この辺り、とてもいろはらしい。
「それでこの像なのですが」
「これは……」
　昨日は暗くて気づかなかったが、蔵の奥に天女を模った像がある。
　この神社の由来や場所を考え無かったら、弁財天だと思ったかもしれない。
　が、身につけている装束などから、明らかに天女を模した物だ。
「昔は神像崇拝してたのか？　ここって湖がご神体だろ」
「ああ、これ？　さー、そうなんじゃないの？」
「……ってずいぶん適当だな」
「だって昔から置いてあるんだもん。よくわかんないわよ」
「お寺なら分かりますが、神社もこういう物を祀ったりするんでしょうか」
　妹が首を傾げる。
　確かにその気持ちは分からないでもない。
「いや、それは簡単だよ。だってここも昔は寺だったからだろ」
「え……神社ですよね？　大昔から」
「８００年ほど前から神社やってるけれど」
「そうですよね？　ほら兄さん。何言ってるんですか」
「別におかしくない。お前だって授業で習っただろ？　昔は寺と神社の区別が無かったんだよ」
「えっと……？」
「うん。無かったね」
　いろはもあっさり頷いている。
　さくやはまだ思い出せないらしく、必死に首を傾げていた。
「明治時代になった時に神仏分離令があって、神社と寺の役割が定められたんだよ。その時に多くの仏像がぶっ壊されたり、建てかえられたりしてるんだ。でも春日神社の場合はそういうのがなくて、ずっと続いてるだろ？　だから、これはその当時の名残だよ」
「ああ、なるほど！　アレってそういう意味だったのですか」
「……授業でしか知らないとそんなもんだよな」
「神社式の葬儀ってあんまりやってないのも、そのせいだしね。実際うちでも身内以外は結婚だけだし」
「はぁ、なるほど。なかなか奥深いのですね」
「さくやちゃんも就職してみる？」
「これから大学ってヤツに就職斡旋をしないでくれ」
「いい案だと思ったんだけれどなぁ」
「というか給料ちゃんと出るんだろうな」
「失礼ねー、きちんと出るに決まってるでしょ」
「あの、いろはさん」
　その真面目な口調に、瞬間、本気で就職を決めたのかと思った。
　しかしさくやの口から出たのは違う言葉だった。
「こちらにも手を合わせてもいいですか？」
「構わないけれど……」
「では」
　両の手を合わせ、天女の像に向けて首を垂れる。
　それは何気ないしぐさではあったが、紅白の巫女姿で真摯に行う姿は、一種の儀式めいたものがあった。
「…………」
　どちらともなく、いろはと目を合わせる。
　俺達もさくやに続いて手を合わせた。
　この神社には長い歴史がある。
　それは天女と共に暮らした人達が作り上げ、そして今に繋がっている。
　夏の時に多くの出来事があって、そして御奈神村に伝わる一つの物語が終わった。
　ここにあったのは紛れもなく悲劇ではあったけれど、でもこの村があったおかげで俺とさくやは出会う事が出来た。さくやだけではなく俺と繋がっている人全てがそうなのだろう。
　今日から新しい一年が始まる。
　それは天女が残した呪いが終わり、本当の意味での御奈神村の始まりの年だ。
　知る人はそう多くないけれど、それは確かな事だ。
　俺達はこの日から、また新しい日々を歩んでいく。
　そう、目の前の彼女に誓った。
　……新年も三日目が終わろうとしている。
　春日神社でバイトとも手伝いともつかない日々も終わり、そろそろ東京にはいつ帰ろうかという話になっている。
　さくやは明日の朝には寮に戻る。
　正月が終われば冬期講習。その後は試験があって受験を迎える。
　三年生は色々と大変だなぁと、遥か遠く感じる昔を思い出す。
　……と、何やら境内の方が騒がしい。
　何かトラブった様子ではないが、何か黄色い声が聞こえるような……。
「…………」
　行ってみる事にした。
「うわ～～。さくっちそれ似合いすぎだって！　お願いっ、一枚だけ撮らせて」
「……それは全力で遠慮したいのですが。何やら嫌な予感がします」
「黒髪の毒舌巫女さんとは、またマニアックな……」
「卒業間際になってまた新しい属性を発見出来るなんて」
「ご神域で騒ぐと、他の方の迷惑になりますよ」
「誰もいないじゃない」
「元旦は多かったんです」
「今日は三日目だよ？」
　……なんだろう。目の前の光景は。
　色とりどりの女子たちにかこまれて、さくやが持て囃されている。
　さくや自身も気楽な雰囲気だ。
「それにしても……ねぇ。さくや先生はさすがに余裕ですな」
「なんですか藪から棒に」
「いやいや～、だって私たち３年だよ？　誰もバイトなんてする余裕ないって」
「そうそう。これからの一ヶ月の事を考えると頭痛がする」
「私だってそこまで余裕という訳ではないのですが……」
「でもバイトをする事は出来るんでしょ？」
「そう……ですね。それはきっと……」
　さくやが社に目を向ける。
　言葉はそれできったが、何を言いたいのかは伝わってきた。
　しかし、それで分かるのは俺か、いろはや翔子ちゃん、銀子さんのような数少ない人だけだろう。
「あ」
「よう。何話してるんだ？」
「さくっち、あの人誰？」
「ナンパ？　同僚？」
「いえ、そうではなくて」
「……なんか見た事あるような」
　女の子達は怪訝そうにしている。
　こちらも彼女たちをどこかで見た事がある。確か学園祭か何かで同じクラスだったような……？
「えと、こちらが私の兄の皆神孝介です。兄さん、こちら私のクラスメート達です」
「えっ、お兄さんっ？　あ、そうか！　学園祭来てましたよね」
「そっかー、それで見た事あったんだー」
「さくやに似てる……かな？　う～～ん」
　……三者三様の感想だ。
　そこはあまり気にせず、挨拶する事にした。
「どうも、妹がいつもお世話になっています」
「お世話になんかなってませんよ。私がお世話する事の方が多いです」
「馬鹿。こういう場合はどんな時でもそう言っておくんだ。元からお前が他の人に手間かけさせるなんて思ってねぇよ」
「あ、そうですね……その通りです。はい。お世話されています」
「今さら遅い」
　彼女たちは俺とさくやのやり取りを、呆気にとられたように見ている。
「ところでいろはさん達は？」
「三箇日が過ぎたら通常営業だから、今のうちにどう片付けるか決めておくって話してる。今年は人が多かったから、来年は神楽を大晦日と元旦以外にもやろうか？　とも言ってたな」
「確かに綺麗でしたものね」
「だな……ところで……」
　会話を切って、今も呆気にとられてる彼女たちに目を向ける。
「あ、はい？」
「なんでしょう」
「良かったら、そこで甘酒飲んで座って話すといいよ。さくやは暫く休憩時間にして貰えるように言っておくから、その間よろしく」
「え、ですがまだ仕事入ったばかりで……」
「いいから。クラスメートって事はお前を訪ねに遠い所を来てくれたんだろ？　いろはだって行って来いって言うさ」
「そうですか……？　では、少しだけ、あ、お金は」
「妹が普段からお世話になっているお礼と言う事で」
「ではありがとうございます」
　頭を下げて、休憩所の方に向かう。
「あっ、ありがとうございました！」
　その後を、彼女たちも追った。
「……こーすけぇ……あんた、女の子いるからってちょっと張り切りすぎじゃない？」
「…………いつから見てた」
　社務所に行くと、いろはが冷たい目で見ていた。
「一部始終ずっと」
「ま、まあ……なんだ。たまにはカッコつけたい時ぐらいある」
「アンタもしかして年下好き？」
「何言ってんだ。嫌いなヤツなんているものか！」
「そっちっ！？」
「勝手に休憩時間上げた分、俺が働くからな」
「とはいっても、今日くらいはのんびりしても良いぐらいだしね～。いくら神社でお正月でも、三日となれば落ちついてくるもんよ。ねー、朱音さん」
「そうですね。逆に普段の方がお仕事は多いですね」
「意外だ。正月なんて一年で一番忙しいと思ってた」
「忙しいのは確かよ？　実際、元旦なんてすごかったでしょ。でも三日目だとねぇ。大きな神社なら違うんだろうけど」
「神楽も終わるとメインイベントが無くなったって事なのかな……と、さくやのヤツ、こっち見て何か話してるな」
「さっきのアンタので、ポイント高かったんじゃないの？」
「そうかぁ？　普通だろ」
　俺としては本気で言ったのだが、朱音さんに笑われてしまった。
「あのくらいの女の子は年上の人に興味あるんですよ。特にさくやさんと同じだと女子校じゃないですか。同学年の男性と接する機会が無いですから」
「経験者が語るってヤツ？」
「ち、違いますよっ。変な事を言わないで下さい」
「あ……」
　いろはが空を見上げる。
　白い物が空から舞い降りてきていた。
「なんかお兄さん、大人って感じするね」
「さくやもお兄さんの前だと子供みたい」
「……違いますよ。兄さんが普段は子供っぽいんです」
「またまたそんな事いっちゃって～」
「…………」
　さくやは憮然としながら甘酒に口をつけた。
　兄と軽口をやり取りするのは普段の事だが、自分のそんな姿が珍しかったらしい。
　早速面白おかしくからかわれている。
「お兄さんって、ああだとモテるんじゃないの？　恋人なんか居たら妹としてジェラシーじゃない？」
「……沸きませんよ。そんなの」
「本当に？」
「ええ」
　関係的に沸きようがないのだが、さくやのこの手の話は珍しいらしく、ますます盛り上がってしまう。
「さくやに浮いた話題が無いと思ったけれど、あのお兄さんが近くに居たなら納得かな」
「どうしてです？」
「だって、結構カッコ良かったし、紳士だし妹思いで気配りも出来るでしょ？」
「背も高めだったよね」
「そうそう」
「……そうでしょうか？」
「気づかないのは妹ばかり、と」
　今挙げられた所は、一部の勘違いを除けば事実ではあるが、それが兄の全てでは無い事も知っている。
　本質はもっと別の物で、それに比べれば些細だともさくやは思う。
「ですが……兄さんが褒められるのは、悪い気はしませんね」
「うわ、余裕そうな発言！」
「これは一大事ですぞ……」
「もっと他に無いの？　お兄さんの話」
「ありますけれど、何が聞きたいんですか？」
「う～～ん、良く知らないから、さくやからみて楽しい所？　思い返すと、さくやの家族の話ってあんまり聞いた事がないんだよね」
「あ、私も」
「そうですか……では、大晦日の話になるんですが……」
　先日の事を話して聞かせる。
　……少し、楽しいかも。
　兄をよく知らない人に自分の言葉で良い所を伝える。
　今まで無かった事だからだろうか。
　さくやにとって新鮮な気分だった。
　古い一年が終わり、そして新しい日が始まる。
　三年間共に過ごした級友とも、こんな話をした事がなかった。お互いをよく知っていたとしても新しい発見があるのなら、今年はもっとたくさんの驚きがあるのだろう。
「…………？」
　ふと感じた冷たさに、空をみあげる。
「わ、雪だっ」
「とうとう降ってきたか～っ」
　伸ばした手の上に白い粒がおちて、溶けて水になる。
　この様子ではお昼を回る頃には積もっているだろう。
「積もったら雪かきしないとですね……」
「この神社の敷地を全部？」
「ええ、もちろんですよ。それがお仕事なんですから」
「うわ～。大変だ……」
「先に言っておきます。ありがとうございます」
「……ん？　なんで？」
「大変な雪かきを手伝ってくれる友達がいて、兄の言う通り私は果報者です。お世話になりますね」
「うわーっ、お兄さんなんて事を言ってくれちゃってるのーっ！」
「なにこれ天然返し？　からかった仕返し！？」
「ふふ」
　きゃーきゃーと悲鳴をあげる友を見て、くすりと笑う。
「さて、いきましょうか」
　飲み干した甘酒の容器を持って立ち上がる。
「せっかくなので、皆さんを紹介したいと思います」
「即日バイト採用？」
「……ではなくて」
　どうやら雪かきは本気で信じられてしまったらしい。
「改めて、私の兄と幼い頃からの友人。そしてアルバイトの先輩に……あ」
　神社の境内に、２人の少女と一匹の狐の姿があった。
「それから従妹とその大切な友人達と……ともかく、みんなにです」
　そう言って、穏やかに笑った。